2009年04月18日

有名人が個人としてブログを書くときは本音を素直に出してほしい

一応、前回の記事「サイバーエージェントは著名人を自分のリソースだと思っているのだろうか」の続きである。前回は有名人を広告メディアとして利用することの難しさについて書いた。今回は、有名人が個人としてブログを書くことの難しさについて考えてみようと思う。

想像してみよう。有名人が個人的にブログを書く理由には、どのようなものがあるだろうか。1つ目は、個人的に日記を書くことが元々好きな場合。これは一般人がブログを書く理由と同じだ。とにかく書くことが好きだからブログを書いているパターンである。

2つ目は、自分の宣伝。芸能人であれば自分を売り込まないと仕事は来ない。自分をアピールする場所としてブログを活用するパターンである。いわゆるオフィシャルブログがここに分類される。自分が出演する番組や、新発売するCDの告知などをしていることが多い。ブログが登場する前は、事務所が用意したWebサイト(ホームページ)がその役割を果たしていたのだろうが、ブログの方が写真や記事の更新が簡単で、芸能人自身が更新もできるので、ブログの方が活用されている。

3つ目を挙げようと思ったが、出てこない。まあ、いい。おそらく2つくらいしかないのだろう。私は有名人ではないので、実際には別のブログを書く理由があるのかもしれない。

で、ここで私が言いたいのは、個人のアピールの場所としてのブログは、読者(ファン)との信頼を築くいいツールになるということ。ファンであれば、テレビやラジオ、雑誌で活躍している本当の仕事の仕事以外に、プライベートではどのようなことをしているのかなと気になるだろう。芸能人のゴシップ記事がたくさん載っている雑誌がたくさんあることからも分かるように、好きな人のことは何でも知りたくなるのがファン心理である。

ゴシップ記事は有名人とファンをつなげるツールにはならないが、本人が直接ファンに語りかけられるブログは、関係を築くのに効果的である。そんなファンを裏切らないためにも、嘘は書かないでほしいのだ。前回のブログのように、有名人がブログ運営者の金儲けのために利用されるのは耐えられないのだ。

なので、「あの人があの洋服をほめていた。でもそれはスポンサー企業に言わされているんじゃないのかな」とファンに思わせてしまってはいけない。この状態になってしまうと、有名人とファンの信頼関係がくずれてしまう。有名人にとってファンが離れてしまうことはもっとも恐れなければならない事態のはずだ。CM出演料のように執筆料を受け取って商品広告をするブログを書いても、ファンを減らしてしまっては、本来の自分の仕事に響く。それは本末転倒だろう。

ブログは情報発信のツールであるとともに、コミュニケーションツールであるともいえる。ブログは、書かれた記事に対してコメントを入れられるし、トラックバックでブログを通じてリンクを張ることもできる。ブログはコミュニケーションをするためにあることを忘れてしまってはお互いが不幸になる。ファン(読者)が有名人ブログに求めるのは、本人とのリレーションであり、有名人が紹介する商品やサービスとのリレーションではないのである。

ということで、前回の記事で言いたかったことにつながる。有名人が書いているブログを、ブログ運営者の金儲けの道具にしてしまっては、ファンとのリレーションを壊してしまう危険がある。マーケティング効果が大きいのは理解できるが、長い目で見ると、誰も得をしない可能性がある。ブログで書く記事は本人に関するものだけにしてほしいのだ。それがファンとの関係を長期に築ける道だと思う。

前回といい、今回といい、うまく書けていない気がする。まとまってなくて申し訳ないが、ブログとは何かを考えたときに、自分以外の何かが絡んだ記事は、大小あるけれど嘘が混じる。面白くなくなるのだ。「ブログってなんだろう」で書いたように、ブログは素直なコミュニケーションツールであってほしいのだ。ブログを使ったマーケティングはブログ本体の記事ではないところで実施する方がいいと思う。

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2009年04月08日

小学生になったキミへ

私事ですが、息子が小学1年生になりました。2009年4月6日(月)に、入学式があり、父親として参列しました。そんな息子に対して、これからの人生をすごすにあたり、人生の先輩として手紙を送ろうと思います。送らぬ手紙ですが、いつかどこかで当人に読んでもらえるかもしれません。ブログでこんなことを書いていいのか分かりません。ほとんど私信なので、つまらないと感じましたら元のページに戻った方がいいかもしれません。では、始めます。


小学生になったキミへ

小学校入学おめでとう。先月までは幼稚園で楽しく遊ぶことがキミの仕事だったけれど、これからは勉強というものをやらなくてはいけない。今までの自由な環境と比べると、机にしがみついて授業を受けることなど、最初は戸惑うことがあるだろう。でも、学校の授業は、これから一人前になるために大切なことを学ぶために必要なことなんだ。しっかりと先生の言葉を聞き、そして友達の言葉を聞き、立派な人になってほしい。

立派な人とはどういう人か、紹介しておく。

  • 人の話を聞ける人
  • 人に自分の思いを話せる人
  • 人と仲良くできる人
  • 常に前向きでいられる人
  • 倫理に反することをしない人

順番は適当だけど、どれも大切なことばかり。難しいものもあるけれど、できるだけ努力してほしい。

「人の話を聞ける人」というのは、先生や親、友達の話など、他人が何を思っているのか素直に聞ける人のこと。幼稚園も共同生活の場だったけれど、小学生からはもっと共同生活の意味が大きくなる。もちろん、大人になればなるほど他人と共同で何かをすることが増える。他人と協力するためには、他人が何を考えているのか知らなければならない。そのためには、話を聞いて、他人が言いたいことを想像することが大切になる。その力をつけてほしい。

「人に自分の思いを話せる人」というのは、自分の意見をきっちりと言える人のこと。さっきと逆だけど、自分が何を考えているかを話せないでいると、自分を理解しようと思っている人に自分を分かってもらえなくなる。自分が後悔することになるよ。自己主張ばかりではだめだけど、適度に自分の意見を言うのは大切なんだ。

「人と仲良くできる人」というのは、お互いが助け合える人のことと思っていい。人生というのは一人では生きていけないことに、いつかは気がつくだろう。自分を助けてくれる友人が多ければ多いほど、人生は豊かになるし、仕事などで得をする場面が出てくる。そのために、他人の言葉を聞き、自分のことも話す。そうすればお互いが理解しあえる。何か困難があっても、友人と力を合わせれば、きっと困難を超えられるだろう。

「常に前向きでいられる人」とは、くよくよしないで、いつも明るくいられる人のこと。キミは、これからの人生でたくさんの挫折を経験するだろう。でもくじけないでほしい。挫折を経験し、それを乗り越えた人ほど、強い人間になっている。そもそも挫折なんてそこらへんにたくさん転がっているものだ。「挫折した瞬間」が来たときは、「この挫折は、もっと強くなるために必要なことなんだ」と考えて、何事も前向きに立ち向かってほしい。ポジティブシンキングをしていれば、いつか自分に運が向いてくる。いろんな困難に立ち向かうためには、常に前向きでいなければならない。そうしないと、自分の本当の力を出すことができないからね。

「倫理に反することをしない人」とは、ちょっと難しいけど、悪いことをしない人のこと。これが一番難しい。約束をきちんと守る人も入る。悪いことをすると、自分が楽をしたり、うれしくなったりすることがある。でも、それは一時的なもので長くは続かない。そして、悪いことをしていることが分かったら、その後は、信用されない人間になってしまう。友達だった人もキミから離れていくだろう。友達になるのは時間がかかるけれど、自分の信用を失うのにかかる時間は一瞬だ。信用を取り戻すのに必要な時間は永遠である。

人に迷惑をかけるなと言っているのではない。そもそも、人は生きていく上で誰かの力が必要になる。大小あるが、人は他人に迷惑をかけて生きるものだ。だから、迷惑をかけても自分を信用してもらえる人を多く作りなさいということ。そのためには、人が自分に迷惑をかけても、「お互いさま」と許せる心を持つことが大切だ。

 ★ ★ ★

成績は良くなくたっていい。お父さんも勉強ができる方ではなかったけれど、一人前の大人になっていると思う。だから心配しなくていい。勉強よりも大切なことなんて、世の中にはたくさんあるのだから。

そして、お父さんもまだ立派な人になるために努力をしている人の1人だ。大人になってもこの努力を怠ってはならない。お父さんはキミを立派に育てるためにがんばっている。そのために、この手紙を書いた。立派な人になるために必要なことを書いたけれど、これが完全なわけではない。今の時点で今のお父さんが伝えたいことを書いたまでだ。お父さんもまだまだ努力をしているので、数年後には別の大切なことに気がつくかもしれない。その時は、また、キミあてに手紙を書こう。


2009年4月8日 自宅にて
タグ:人生 手紙


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2009年04月02日

別れってなんだろう

前に書いた「ブログってなんだろう」に続く、なんだろうシリーズ(勝手にシリーズ化)の第2弾です。今回は、前回のエントリ「出会い > 別れ」の続きでもあります。何やらこのブログが終わりに向かっているような記事が連続していますが、実際はそうではありません。ご心配なく。

実は、このところ古い友人や古い上司、先輩と会う機会が続けてあり、その再会がものすごく印象に残りました。「あの時、この人たちと出会っていたから、自分はいろんなことに頑張れる」と感じたときでした。出会い、別れ、再会・・・、その流れの中で、自分が教えられたこと、無意識に自分が教えてきたことなど、ごっちゃになって、頭の中が混乱しながらも、再会したいと思える人と出会えたことが自分の幸運なのだなと確信しました。

もっとも印象に残ったのは、前に勤務していた会社の上司に会ったときでした。私がその元上司と会うのは15年ぶりになります。私はその会社を辞めて、別の会社に転職しています。元上司とは、社内で会うこともなく、年賀状のやりとりくらいしかしていませんでした。で、当時同僚だった友人と連絡を取ったときに、その元上司がそろそろ定年退職する年齢(実際には違ったけど)だぞということで、当時の仲間を集めて飲み会をすることになりました。

15年ぶり。私は会社を飛び出していたわけで、その間の元上司の姿や仕事内容などは知りません。同僚も人事異動で違うオフィスにいるので、元上司とはほとんど会う機会がなかったということでした。ドキドキしながら居酒屋で待っていると、元上司が入ってこられました。驚くことに、元上司は当時同じ部署にいた先輩も連れてきてくださいました。

そして一言、「おー、久しぶり!」という声が発せられたとたん、私たちの周りは15年前にタイムスリップ。その場にはOver 40の人だけですが、少なくとも私や友人たちは当時の20代だったころに戻りました。同窓会とかってこんな感じなのでしょうね。

とまあ、ここまでが今回のブログの前置きです。いつも長いのですが、だらだらと書いていたら単なる日記になってしまうので、ここまでにします。

はい。今回は、17年前に出会った同僚と当時の上司、そして2年間お世話になり15年前に別れることになりました。そして15年の時を経て再会しました。その流れの中で、一番印象に残っているのは、この前の再会です。再会というからには、出会いがなければなりませんし、別れもなければ成り立ちません。

再会して思ったのですが、元上司との別れというのは何だったのでしょうか。そもそも"別れ"というのは存在していたのだろうかと考えてしまいました。15年というと長い時間ですが、15年前に別れたのではなくて、たまたま15年間ご無沙汰していただけと言えるのかなと思いました。

別れというと、縁が切れるみたいなイメージですが、実際はそうではなくて、単に会っていなかっただけなのかなと。別れとは、縁が切れた状態ではなくて、強固なつながりがない状態、ただ単に疎遠になっている状態なのかなと思いました。だから、再会したときは改めて関係を築くのではなく、強固なつながりに戻るだけなので、一気に当時の状態に戻れるのかなと思ったわけです。

別れても、薄くはなるけれども、人と人とのつながりはなくならない。別れている状態なんて、言葉では表現できるけど、実際には、完全に別れた状態、つまり出会う前の状態には戻ることはできないのではないだろうか。そんな思いが、前回の「出会い > 別れ」を書くきっかけになったわけです。

年齢がばれてしまいますが、来生たかおさんの歌で「夢の途中」という曲があります。薬師丸ひろこさんが映画「セーラー服と機関銃」の挿入歌として、一部歌詞を変えて歌った歌です。40歳以上の人は、一度は聞いたことがあると思います。当時はヒットしましたから。

その「夢の途中」の歌い出しの歌詞は「サヨナラは別れの言葉じゃなくて、再び会うまでの遠い約束」というものです。サヨナラを言っても別れるというわけじゃない。素敵な出会いをしているから、再会を願ってサヨナラを言うんだという決意みたいなものを感じます。もしかすると、私がこのブログを書いているのも、この曲を当時何回も聞いたからかもしれませんね。

さて、15年ぶりに会った元上司ですが、部下だったころには見せたことがないような笑顔で私たちに接していただけました。その笑顔は忘れられません。飲み会は4時間くらいのものでしたが、15年間分を取り戻したかのような濃密な時間でした。そして、また飲み会をしようという約束をし、サヨナラを言ってみんな家路につきました。もちろん、ここでいうサヨナラは再会の約束という意味ですよ。

タグ:別れ 出会い


posted by やすお at 03:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | オピニオン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2009年04月01日

出会い > 別れ

3月から4月にかけて、日本では分かれと出会いの季節になります。学校だと卒業式に入学式、会社だと人事異動ってところでしょうか。みなさんの中には、強烈な出会いや別れを経験した人がいるかもしれないですね。

私の部署はまるごと他の部署に吸収されることが3月に決まりました。4月1日からは新しい組織体制で仕事をすることになります。とはいえ、自分の席はそのままだし、仕事内容も変わりません。

さて、この季節にふさわしく、出会いと別れについて考えてみました。少し分かったのは、"出会い"はものすごいことだということ。たまたま近所に住んでいる、たまたまクラスメートになった、たまたま同じ音楽が好き、たまたま好きなスポーツが同じ、たまたま恋愛感情を抱いた---。これ以外にもいろいろあるだろうけど、偶然が重なって人と人は出会う。そして、出会うことでいろんな刺激をもらう。そこから自分が変化をし、相手も変化し、お互いの間に新しいものが生まれる。ものすごいことではないでしょうか。それはゼロから何かを生みだす力と同じだと思います。

そして、別れ。"別れ"は出会いがなければできないものです。また、別れても、たまたま近所に住んでいた、たまたまクラスメートだった、たまたま同じ音楽が好きだった、たまたま好きなスポーツが同じだった、一時期は恋人同士だった---。このような事実は残るわけです。経験といってもいいかもしれません。経験は永久に残ります。もし、小学生のころの同級生の顔や一緒に遊んだことを忘れてしまっても、現在の自分になんらかの影響を与えていると思います。今の自分はたくさんの出会いと別れの上に成り立っているのかなと思います。

そういったことで、別れとは出会いの続きなのかなと思いました。時間は川のように流れます。出会った瞬間から別れへの瞬間まで、人生という時間の中をいろんなものが流れます。その中で自分は良い出会いをしてきたのだろうかと考えてしまいます。でも、"出会い"はいいものしかないのだと信じるようにしています。その方が気楽だし、自分にも相手にもプラスの効果があると思うからです。一期一会とはよく言ったものです。

そして、タイトルの「出会い > 別れ」です。"別れ"はインパクトがあります。いつも一緒にいた人がいなくなる。歌だって別れの歌は重く、人の心を打ちます。でも、私は重要なのは別れより出会いなのかなと感じたので、このようなタイトルでブログを書いてみました。

自分で言うのもなんですが、久しぶりにいいことを言っているような気がします。このテーマで1曲できそうですね。

では、今回はここまで。
タグ:別れ 出会い


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2009年03月24日

2週間分のまとめですが、書いていることがバラバラ

書いたものを定期的にレビューすることで、自分の頭の中を整理しようと考えています。1週間に1度は自分で書いたもののまとめ記事を書こうと思っていたのですが、いきなり不定期レビューになっています。それというのも、3月にはこのブログの1周年記念があったりして、そこで1年分を振り返ってみたりしました。ここ最近は振り返ってばかりいたので、そう何度もまとめ記事を書くわけにもいかず、不定期なレビューになってしまいました。まあ、言い訳の1種ですけどね。

さて、2週間分のレビューですが、ここ2週間の話題はバラバラでした。個人的なことを中心にしたものが多かったですね。仕事以外で飲む機会、それも古い友人と久しぶりに飲んだもんだから、いつもと違う脳と心を使いました。なんか変なことがあったかのような書き方ですが、実際は久しぶりにリラックスして飲んだという感想です。

飲んだ勢いで書いた記事が下記です。実際は、飲みながらブログの下書きをして、改めて清書してアップしたものです。



実際は1回(3杯のバーボン)で下書きは完了しましたが、酔っ払いながら清書したため、前置きなど余計なところが長くなりすぎたので、2本の記事に分割してしまいました。

強引にソーシャルメディアの話に持って行っていますが、インターネットが万能であると言いたいわけではありません。私の日常はコンピュータ経由のコミュニケーションがメインになっているような気がします。と同時に、IT化されたコミュニケーションだけでは何か物足りないのです。友人でも、友人でなくてもいいのですが、生身の人間と触れることの方が何倍もコミュニケーションは濃いということは、みなさんもなんとなく分かっていただけると思います。

ソーシャルメディア(ITによるコミュニケーション)は、リアルな関係を補助するものなのでしょう。ここでまた矛盾したことを書いてしまうのですが、リアルでは築くことができない関係を、ソーシャルメディアは実現する力も持っています。リアルな関係がベースにあり、それを拡張する手段としてソーシャルメディア(ITによるコミュニケーション)があると考えると少しすっきりするかもしれません。


■ソーシャルメディアでコンテンツ流通が変わる
現在はソーシャルメディアの時代と言われる。大規模な口コミの時代と言い換えてもいいと思います。ソーシャルというのは、人と人がつながりを持つことであり、コンテンツとコンテンツがつながることであり、(人+コンテンツ)が(人+コンテンツ)とつながることでもあります。

分かりにくくなってきましたね。人はコンテンツを持っています。ここでいうコンテンツとは音楽でも映像でもブログ記事でも何でも構いません。まず、アーティストが作成した音楽を、ファンがブログで紹介します。そして、その記事を読んだ人が新しいファンになる場合もあるでしょう。または、まず映画の予告編をYouTubeなどの動画投稿サイトで公開します。そして、それを見た人がブログに動画を張り付けて紹介。ブログで映画の予告編を見た人は映画館に足を運ぶ。このように、ソーシャルメディアがまさに媒体(メディア)となって伝搬していくように見えます。情報の流通経路を情報提供者がコントロールできない世界です。コンテンツプロバイダとしては恐怖を感じる世界ですが、コンテンツの流通経路を多様化することで、多くの人の目に触れる機会が増えるというわけです。ここまでの話は、特に新しいわけではありません。インターネットでの口コミを発生させる会社も存在するほどです。広告媒体として口コミが活用されています。

将来は、口コミがもっと活用されるであろう世界を考えなければなりません。テレビ局が保持する映像コンテンツは、ネットで使うために使用許可をコンテンツホルダーに依頼する必要があります。コンテンツは使いたいときに使いたい。著作者に使用権を確認していたら使いたいときに使えない。なので、著作権を含めたコンテンツ流通の仕組みを考える必要があると思います。これは、法整備も必要でするが、コンテンツホルダーの意識も変わらなければならないと思います。

また、携帯電話はもっとソーシャルになるべきでしょう。携帯電話に記録されているアドレス帳は個人情報の塊であり、ソーシャルグラフを構築する際の基礎となるものです。すでに携帯電話は、個人のアドレス帳を経由して、ソーシャル化されていると考えてもいいのですが、理想を言えば、mixiやFacebookのようなSNSのように携帯電話は進化できると思います。携帯電話なら、いつも持ち運んでいるのでGPSさえ装備されていれば位置情報を把握しやすいです。アドレス帳だけでなく、その瞬間にいる場所の情報をもベースにして新しいコミュニケーションが生まれるに違いありません。いや、すでに生まれようとしています。



と、こんな感じでこの2週間は記事を書いてきました。最後に、下記のようなとんでもない記事もお遊びで書いてしまいました。



たまにはこんな感じでふざけたことも書きたいと思います。
では、今回も長くなりましたのでここまでにします。

posted by やすお at 04:32 | Comment(0) | TrackBack(1) | オピニオン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2009年03月14日

40歳を過ぎた男の初体験

やってみればあっけないもので、「まあ、そんなもんか」と期待した以上の喜びはありませんでした。でも、これまで挑戦していなかったことだったので貴重な体験になりました。冒頭から変な書き方ですいません。何を初体験(はつたいけん)したのかというと、iTunes Storeでの楽曲購入です。「なんだそれ」と思った人の方が多いと思いますが、まあ最後まで読んでみてください。

私は音楽を購入するときは、CDがないと落ち着かない性格です。CD自体はアマゾンで注文するのがほとんどです。アマゾンのWebサイトで自分のお薦めを見たり、元々好きなアーティストのCDを検索したり、普通の人が普通にCDを購入するようにしていました。たくさんCDを購入するタイプではありませんし、ジャケ買いをするわけでもありません。ただし、CDという物理的なモノがないと我慢できない性格でした。

そのような音楽生活でもまったく支障はなかったのですが、ひょんなことからiPhoneを持ち歩くことになりました。そこから私の音楽ライフは少しずつ変わっていきます。何がどうなったかは「最近は、iPod TouchとiPhoneで遊んでいる」を見てください。やはりiPodとiTunesの組み合わせは最高です。どの曲を何回聞いたのかまで管理しているので、最近聞いてない曲は何かなあと調べて聴くことができます。iTunesを核にすると外部サービスとの連携もやりやすくなります。Last.fmiLikeといった音楽系ソーシャルメディアにすでに聴いた楽曲情報を送信することで、好みのアーティストをリコメンドしてくれたり、好きなアーティストの最新情報なども受け取れるようになったりしります。

そして、今回の初体験の部分に進みます。iTunesをベースにすることで、iTunes Storeでの買い物も容易になります。アマゾンでCDを探すのと同じように、好きなアーティストの曲を探せば、楽曲を購入できます。アマゾンと異なるのは、購入すると楽曲データがパソコンにダウンロードされ、すぐに聴けることです。アマゾンではCDを物理的に配送するので、どうしてもタイムラグがでてきます。

そんなわけで、ダウンロード購入は便利だなと思ったわけです。なぜCDにこだわってきたのだろうかと疑問に思うほどです。私は音楽を聞くときはiPodやパソコンでの再生がほとんどになってしまったので、わざわざアマゾンで買うよりもデータをダウンロードする方が早くて便利です。CDを保管する手間もありませんし。

とはいえ、とはいえですよ。音楽を聞くのに、CDのパッケージを開封し、ライナーノーツを読み、CDをプレーヤにかけて、再生ボタンを押し、音が鳴るまでのドキドキする感覚がなくなってしまいました。購入ボタンを押して、再選ボタンを押す。それだけで音楽を楽しめるのは便利なんでしょうけど、何か別のものを失ったような気がしないわけではありません。今は解散してしまいましたが、プリンセス・プリンセス(プリプリ)というバンドがありました。代表曲の1つである「Diamonds (ダイアモンド)」の歌詞で「針が落ちる瞬間の胸の鼓動を焼き付けろ」(最後は少し違うかもしれません)というのがあります。針が落ちる瞬間、つまり音が鳴る直前のドキドキ間が楽曲データだけでは伝わってこないのです。CDだと、CDプレーヤのトレイに載せたりするので、まだ「これから聞くぞ」というドキドキがあるんですけどね。

まあこれも習慣の違いだけかもしれません。ダウンロード中の画面は音を鳴らす前の儀式のように感じるようになれば、違和感はなくなるかもしれません。なんとなくですが、そうなるのは時間の問題のような気がしてきました。

さて、ここからは余談です。私が初めてiTunes Storeで購入したのは、Kirk Franklinの「The Fight of My Life」というアルバムです。Kirk Franklinはゴスペル界のカリスマです。個人的にゴスペルソングのレッスンを受けているので、最初は私が大好きなアーティストを選んでみました。

あと、私が会員になっている音楽関連SNSのプロフィールページも紹介します。ご興味がある方はご覧ください。


では、今回はここまで。
タグ:itunes 音楽


posted by やすお at 03:50 | Comment(4) | TrackBack(1) | オピニオン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2009年03月13日

著作権法が改正されるとコンテンツは使いやすくなるのだろうか

複雑でインターネット時代にそぐわなくなってきている著作権法。どうやら改正されるようだ。著作権者の権利を守りながら、デジタルテレビやインターネット放送に向けてコンテンツの流通をしやすくする仕組みを構築するのが狙いとなる。詳細はCNETの記事「私的複製コンテンツのダウンロードも違法--改正法案が国会へ提出」を見るといいだろう。

いろいろ見てみると、これまで違法コンテンツについてはインターネットにアップすることが違法で、そのコンテンツをダウンロードすること自体は違法ではなかった。これを、ダウンロードする行為を違法とするようになる。

これについては、今まで違法ではなかったことが驚きだ。もちろん、著作者の権利を直接侵害するのは違法にアップロードする方だろう。でも、違法と知りながらコンテンツをダウンロードするのもいけない。改正されても違法と知らなければ問題にならないが、これは違法と判断するかどうか、人の判断が少し入るところ。これからは、このコンテンツを消費するときに、違法かどうか気を使いながら利用することになる。うかつにコンテンツを視聴してしまうと、思わぬところで犯罪者になってしまう。

また、コンテンツの二次利用についてもルールを変更する。特に古いテレビコンテンツについてだ。映像コンテンツには著作権は複雑に絡み合っており、を持っている個人や企業がたくさん存在する。そのため、インターネット放送で既存資産を活用しようにも、だれに許可を求めていいのかさえ分からない状態になっている。

これを解決するために、ここでもCNETの記事を引用すると、「文化長官が定める額の担保金を供託すれば、著作権者に代わってすぐに利用を可能にする措置が取られる」というわけだ。いいアイデアだとは思うが、これも分かりにくい。まず、担保金はどれくらい必要なのか分からない。そもそも著作権者の所在が不明の場合というのは、どの程度不明の場合を指すのだろうか。たとえば、コンテンツを制作したときに知った連絡先に電話をしたときに、電話番号が使われていなかったら"所在不明"とできるのだろうか。それとも探偵などを使ってできるかぎり所在を明らかにしようと努力しなければならないのだろうか。

疑問点がいくつもあるけれど、これらは法律が改正されてから運用方法が決まるのだろう。コンテンツを利用しやすくなる一方で、妙な利権ができてしまう恐れもありそうなので、注意していかなければならない。

現在のインターネットのサービスはソーシャルメディアが基盤になりつつある。スムーズにコンテンツが流通しないとスムーズな情報共有ができなくなる。個人だけでなく、企業内の情報共有にも影響がでる可能性がある。著作権については、著作者が不快にならない範囲で自由に二次使用できると、おもしろいビジネスなどができ上がるのではないかと思う。

では、今回はここまで。

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2009年03月11日

メディアサイトとブログ、似ているが役割は異なる

ブログが世の中に対して影響力を持ち始めている。米国など海外では、ブロガーが新聞記者と一緒に記者会見の場にいることもめずらしくなくなったようだ。つまり、読者を多くかかえるブロガーは新聞記者と同じ役割を持っているということを意味する。ということは、ブログはメディアとして新聞と同じくらいの影響力があると思われているわけだ。新聞社が運営するニュースサイトとブログの違いは、新聞記者が書くか、ブロガーが書くかくらいになる。

もちろん、ブロガーといっても私のような無名ブロガーではなく、著名ブロガーと一般新聞記者の間での話である。著名ブロガーと新聞記者はともにニュースを追い、先を競って読者に記事を届ける。このような状況では、「新聞記者など旧来のメディアは不要だ」「ブログさえあれば報道は十分」といった議論が持ち上がる。

果たしてそうだろうか。個人的には、ブログとメディアサイトの役割は異なると思っている。ブログはボトムアップで報道(個人的にはこの言葉を使いたくないのだが、あえて使っている)をする役割があり、メディアサイトはトップダウンで報道をする役割があると思っている。

言いかえれば、メディアサイトは上から目線で、一般大衆に向かって「今知っておくべきこと」を伝える役割がある。一方、ブログは身の回りのことを愚直に書き記し、そのようなブログがたくさん集まることで1つの世論を形成する役割がある。メディアサイトはそれ1つで何かを伝えられるが、ブログはたくさん集まることで真実を知らしめて行く。

では、冒頭の記者会見会場に入ることができるブロガーの記事と新聞記者の記事は何がちがうのだろうか。実はここまでくると、ブロガーと新聞記者の違いなくなる。書いたものを公開する場所が、ブログなのか既存メディアなのかの違いくらいである。もっと言うと、著名ブロガーが書くブログは、もはやブログとは呼べず、メディアサイトと認識すべきなのだと私は思う。そう認識するとメディアサイトとブログの役割が、トップダウンからの報道と、ボトムアップによる世論形成のための素材という役割になっていることが少しはっきりする。

参考までに、TechCrunchの「ブログから最もリンクされているメディアサイト上位50」という記事を紹介しよう。この記事によると、ブログからなんらかのリンクを張る場合は、既存ニュースメディアの記事が選ばれる傾向があるということが分かる。この記事では触れていないが、既存ニュースサイトからブログにリンクを張ることはほとんどないはずだ。ブログが影響力を持ってきているのは確かだが、その元記事は既存のメディアサイトに記載された記事だったという場合がそれなりにあるだろう。もちろん著名ブロガーが運営する著名ブログはメディアサイトと同様に独自の取材ルートを持っていることがあるので、既存のメディアサイトに頼らなくても自前でなんとか情報発信できる。ここでも著名ブログはブログではなくメディアとして扱う方が自然である。

ここまで書いておいてなんだが、そもそもブログに求められているのは、既存ニュースサイトの代わりなのだろうか。実はその点も私は疑問に思っている。ブログは個人が自分をアピールするツールだと思っている(参照:ブログってなんだろう)。ニュースを追うのはブログの役割ではないと思っている。あくまでもブログは個人の意見を述べるツールであり、リアル世界に例えると、いわゆる"市民の声"のようなものである。"市民の声"を文字にしたものがブログだといえる。ブログがボトムアップのメディアであるというのは、この市民の声(ブログ)を集約することで世論を形成し、世の中を動かす力になるからである。

ブログを集約する機能として、きざしカンパニーが運営しているブログ解析サービス「kizasi.jp」などがある。テキストマイニング機能などがもっと使いやすくなってきたら、ブログ解析サービスを使用して、より高速に、より正確に世の中を表現できるようになるだろう。世論を政治に反映さえるのも容易になるだろう。このように、ブログがメディアサイト(著名ブログを含む)にならなくても、メディアサイトと同様のことはできる。

だから、ブログの役割とメディアサイトの役割が混同してしまうのかもしれない。あくまでも個人的な意見ではあるが、ブログはやはりブログであって、既存ニュースサイトとは別物であると考えるべきだと思う。大きなトレンドはメディアサイトにまかせておいて、細かなところをきちんと記録に残すのが本来のブログの在り方なのかなと思う。ニュースサイトとブログで同じような記事が公開されている世界は面白くないもんね。旧来のメディアは一般人が入り込めないところに食い込んできっちりと報道をしてほしいし、ブログは人々の生活を生々しく語っていてほしい。その方が絶対に楽しいと思う。

では、今回はここまで。

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2009年03月10日

不景気をきっかけにデジタルコンテンツが有料化への道を進む

2008年後半から急激に冷え込んだ景気。これはもう説明するまでもないですが、米国のサブプライムローン問題から始まり、リーマン・ブラザーズが破たんしたことで泥沼化した世界金融危機の影響です。現在、"100年に1度の危機"と言われるくらいの金融危機の真っ最中です。こんな時はみんながお金を使わなくなります。個人よりも企業が使いません。仕事の会話で「このご時勢ですから」という最強のフレーズで、値引き交渉から契約解除などを行い、ありとあらゆる出費をおさえています。

こんな不景気ですが、ユニクロやマクドナルド、ニトリ、オリエンタルランドなど好調な企業もあります。ユニクロやマクドナルド、ニトリは価格以上の品質を感じさせる商品をそろえて、それが消費者にうけています。オリエンタルランドは、基本的に東京ディズニーリゾートが好調だからです。東京ディズニーリゾートが好調なのは、考え抜かれたアトラクションの魅力もあるでしょうが、海外旅行など高額な旅行の代わりに国内のテーマパークですまそうという考えもあるかもしれません。不景気ですが、個人消費はそれほど衰えていないのかなと感じます。企業は投資にものすごく慎重になっている。言葉を変えると、ビビっているようにしか思えません。日本では企業がお金を使わないと、うまくお金が回っていかないので、企業のビビリが不景気を生んでいるといってもいいかもしれません。

ここまで書いて、なんだか経済ブログのようになってしまいましたが、私自身は経済のことはほとんど分からないので、自分の生活から見た景気について言いたいことを書いてしまいました。経済の専門家の方が、もしこのブログを見ていましたら、「これは間違いだ」とコメントやメールでご指摘いただけると助かります。

さて、話をインターネットの世界に戻します。先ほど、企業はお金を使わないが、個人はまだ必要なところにお金を使うと説明しました。これをインターネットの世界に当てはめてみます。

これまで、「インターネット上のコンテンツは無料である」と思われてきました。新聞社などがWebサイトで提供しているニュース記事は無料で見られるものと感じている人が多いのではないでしょうか。これ、無料でも何でもないんですよね。Webサイトに広告が記載されることで、Web記事を読む人から料金を徴収しないだけです。TBSや日テレといった民間放送(民放)をテレビさえあれば無料で見られるのも、番組の間にCMが入っているからです。視聴者の代わりにスポンサー企業がコンテンツ使用料を払っていると言ってもいいかもしれません。

問題は、このスポンサー企業がお金を出さなくなったことです。テレビや新聞、雑誌の広告費は減ってきています。インターネット広告は伸びてはいるものの伸び率は小さくなってきています。金融危機の影響が出始めているといったところでしょうか。このままでは、これまで好調だったインターネット広告に支えられてきたWeb記事の無料公開モデルが立ちいかなくなる恐れもあります。

そして、一方でまだ衰えが小さい個人消費があります。もちろん、個人消費も冷えつつあるのですが、必要なものにはお金を出す姿勢まではなくなっていないと感じています。

ということは、これから何が起こるかというと、広告モデルに頼らないサービスが、インターネットビジネスにも出てくるということです。もちろん、今でも有料のWebサイトなどがあります。でも、そのようなWebサービスは現在の広告モデルによるWebサービスと比べると規模が小さいです。今後は、不況の期間がどれくらい長期になるかで変わってきますが、有料モデルのWebサービスも大きな市場となっていくのではないでしょうか。

この兆候は見え始めています。たとえば、バーチャルギフト市場。SNSなどでメッセージカードのような画像(バーチャルギフト)をSNSの友人に贈るといったことができるサービスがあります。このバーチャルギフトを送るのに、お金を徴収するサービスがあります。アメーバが運営するアメブロは、クレジットカードや携帯電話でお金を支払うことで、さまざまなバーチャルギフトをブログオーナーに贈ることができます。Facebookにも有料のバーチャルギフトが用意されています。

バーチャルギフト以外にも、Web記事そのものを有料化することも考えられるでしょう。今でも新聞社や雑誌社の過去記事を検索・閲覧できるサービスはあります。今後はこれら課金モデルでの売上高が増えていく可能性があります。もちろん、ユニクロのようにエンドユーザーから見てお買い得感があるサービスでなければなりませんが。

どのようなサービスが、エンドユーザーに受け入れられるかは分かりませんが、Webサービスを提供している側の論理としては、売り上げに結び付きにくい広告モデルによるサービスは現状維持を狙いながら、エンドユーザーから直接利用料金をいただく料金モデルの比率を増やしていく2本立てで行くのが常套手段になるでしょう。これまで企業の方がお金を払うビジネスモデルから、利用者が負担するモデルへと移行しつつあるということです。個人的には、利用者がきちんと料金を支払うのは悪いことではないと思います。ただし、学生など収入があまりない人たちには有料モデルは厳しいものになるかなと思います。それをどう解決するかは、提供するWebサービスの内容によります。

iTunes Storeで音楽データやアプリケーションを有料で購入する習慣ができている人は多いはずだ。デジタルコンテンツに対してお金を払うという意識はだんだん熟成されつつあると思う。もし、不況が長引くようであれば、広告モデルによるWebサイト運営よりも個人課金でWebサイトを運営する方が多くなるかもしれません。もちろん、不況が長引けば個人消費が今より冷え込むリスクはあります。

では、今回はここまで。
もしかしたら続きを書くかもしれません。

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2009年03月07日

花粉症がひどくなってきた − こうなりゃ笑うしかない!

金曜日なので、今週を振り返ろうと思ったのですが、1周年記念で1年間を振り返ってしまったので、今回は別の話題をお届けします。

実は、個人的なことですが、花粉症に悩まされています。今年はいつもより楽だったのですが、今日から急にひどくなりました。鼻水がとまりません。かなりティッシュペーパーとお友達になっています。もう、ティッシュがないと1分ともちません。

今回は、インターネット時代にふさわしく、花粉症に関する動画を集めてみました。花粉症の人はどれも共感できる動画ではないでしょうか。


叫びたくもなります。




私の家では、窓は閉めっぱなし。洗濯物は当然ながら部屋干しです。


単純に面白い。


ティッシュペーパーの味はどうでもいいです。感触がやわらかければそれでいいんです。

ITmediaの記事「花粉症って本当につらい? コンタック研究所が実験」で、花粉症を科学的に検証しています。


さて、この時期は晴れていて暖かくなると、窓を開けて空気を入れ替えたり、外出したくなりますね。布団を干すのもいいでしょう。でも、花粉症の人は、この時期の暖かい日が一番つらい。たとえていうなら、明るい外が、毒ガスで満ちた世界に見えるといえば分かりやすいでしょうか。

ふう。この記事も、鼻にティッシュペーパーを詰めた状態で書いています。とても人に見せられる姿ではありません。つらいです。
タグ:花粉症 動画


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2009年03月06日

ブログ開設1周年を記念して、よく読まれた記事を振り返ります(後編)

前回の1周年記念企画記事「祝!このブログが1歳の誕生日を迎えました−人気記事ランキングも紹介(前編)」では、この1年でよく読まれた記事の6位から10位までを紹介しました。今回は、1位から5位まで一挙に公開します。

どの記事も、たくさん読まれたなあと記憶に残っている記事ばかりです。では、いきなり1位から始めます。


1位☆Facebookの歩き方 − 入門編:登録してからやることのリスト(2008年05月22日)
いつかFacebookは世界一のSNSになると、私は予想していました。フレンドが何をしているのか、どのようなコンテンツに触れて、どんなことを思っているのか、それらをまとめて見せる工夫をしているのがFacebookの特徴です。かなり先進的で、次世代のSNSを感じさせる衝撃的なサービスとして、私は考えています。日本のSNSもFacebookをお手本にするのだろうなという気がしています。そんな未来のサービスを使わない手はない。でも、せっかくFacebookに登録しても、何をしていいのか分からない人も多いだろうと思います。そのような人に、最初に何をやったらいいのかをこの記事で提案してみました。

これはこのブログを始めて、大量アクセスをいただいた初めての記事でした。メルマガで取り上げられたようで、おそらくメルマガが送信された日にたくさんの人に読んでいただきました。記事の目的であるFacebookの最初のとっかかりを説明するのに最適だと評価されたのだと勝手に思っています。メルマガでこの記事を採用していただいた人に感謝します。


2位☆もう"Windows"という製品名でいいんじゃない?─ Windows 7(2008年10月14日)
この記事は、Windows Vistaの後継OS(基本ソフト)の名前が「Windows 7」に決まったというニュースを読んで、思ったことを書き散らしました。パソコン用のOSの役割についても少し触れています。

この記事は、ライブドアのトップページからリンクをしていただいた記事です。おかげさまで、1日でほぼ1カ月分のアクセス数を記録しました。ポータルサイトの力はすごいです。ポータルに載せていただいた最初の記事ということで、個人的には記憶に残りました。ポータルの力に驚いた記事です。


3位☆iPhoneを買わないことに決めた超個人的な3つの理由(2008年07月12日)

iPhoneが発売された日に書いた記事です。発売前は、日本の携帯電話業界を根こそぎ変えてしまうのではないかと騒がれたiPhone。私は、一定数以上は売れないだろうなと思っていたし、本当にiPhoneを買わないと決めていました。思っているだけではダメなので、なぜ買わないのかを、あえて発売日にあわせて書いてみました。この記事がたくさんの人に読まれた理由は分かりません。メルマガやポータルで紹介されたわけではありません。でも、なぜか記事を公開した直後からアクセス数が増えていきました。

さて、iPhoneに話を戻します。実はiPhoneを持っているんですよね。実は毎日使っています。自分のiPhoneではなく、会社で購入したものなんですけどね。一応、業務で使うということで、部署で買いました。そして、なぜか私が使うことになりました。会社でも「iPhoneは売れないし、私は買わない」と言ってきたつもりなのですが、伝わってなかったか、あえて使わせてみたのか、それは分かりませんが、いつの間にかiPhone担当になってしまいました。

で、この場を借りて、申し上げます。「使えば便利だ」というのが分かりました。この記事では、ブツクサ文句を言っていますが、その点についてはまだ考えを変えていません。ところが、画面サイズなど、現状の携帯電話では実現しにくい魅力もあり、それがデメリットを超えそうなのだ。今では手放せないガジェットになってしまった。


4位☆3次元CG作成ソフトのtrueSpace 7.6が無償公開、これには驚いた(2008年07月29日)
これは本ブログではなかなか読めない記事です。私は、コンピュータグラフィックス(CG)関連の仕事をしていたことがあります。この時、クリエータではないのですが、個人的にCGソフトを使ってみようと思い、trueSpaceというソフトを使っていたことがあります。当時は7から8万円くらい出して買った記憶があります。そのソフトを取り上げた記事を読んで、昔を懐かしみながらこの記事を書きました。

ブログの主旨とはほとんど関連がないので、アクセスはほとんどないと思っていました。ところが、「trueSpace」や「CGソフト」という単語で、該当する記事を探している人がそれなりにいらっしゃることが分かり、少しずつ少しずつアクセス数が積み上がっていったわけです。いわゆるロングセラーの記事と言っていいかもしれません。


5位☆仕事で使うTwitterになるか − Yammer(2008年09月13日)
そして、5位の記事。私は企業内で使われる情報システムにも興味があります。特に企業内でソーシャルメディアを活用するにはどうすればいいのかを考えています。企業向けの製品もたくさんあるのですが、この記事ではTechCrunchというインターネット関連のニュースを配信するメディアで話題になっていた「Yammer」という企業向けミニブログを取り上げました。日本語で読めるYammerの記事はまだ少ないので、これもじわりじわりとアクセスを稼いでいます。グーグルで「Yammer」を検索すると、この記事がトップページに出てきます(2009年3月6日現在)。それくらい情報が少ないわけですね。

 * * *

また長くなってきましたが、1位から10位まで振り返ると、これはよく書けたなと思った記事が必ずしも上位にランキングされるわけではないことが分かりました。個人的に、これを読んでほしいと思っている記事は、画面右にある「オススメ!」にリストアップしています。代表的な記事7本を取り上げています。星マークを付けて、「セブンスター」とこの部分のことを心の中で呼んでいます。いわゆるオヤジギャグですね。ちなみに、私はタバコを吸いません。

くだらない後書きはこれくらいにして、これからもこのブログを応援していただけるとうれしいです。まだ1年しかたっていないひよっこブログです。1周年は通過点でしかありません。これからも、自分に役立ち、みなさんにも役に立つブログを目指していきます。

今後ともよろしくお願い申し上げます。
これにて、1周年企画を終わらせていただきます。
タグ:ブログ


posted by やすお at 02:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | オピニオン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2009年03月05日

祝!このブログが1歳の誕生日を迎えました−人気記事ランキングも紹介(前編)

おかげさまで、このブログを始めて1年が経ちました。思い起こせば、2007年の年末に、2008年は何か新しいことをしようと思い立ったのが最初です。そして、2008年1月に「仕事で必要な情報を整理するためにブログを書く」とmixiの日記で宣言し、実行フェーズに移行。ブログのコンセプトやタイトル、ブログ運営事業者などを決めていくうちに、どんどん時間が経過し、2008年3月5日にやっと本ブログ「ネット雑記 〜3年後のネットが見えるかも〜」をスタートできました。

実は最初に投稿した記事をここで紹介しようと思ったのですが、先ほど、最初に書いた記事を読んだところ、恥ずかしすぎてとてもこのページからリンクを張ることができませんでした。まあ、1年たってもブログのコンセプトは揺らいでないので、うまくいっていることだけはお伝えします。

1年間に書いた記事は、これを含めて256本。多いか少ないかは個人の気の持ちようですが、256本というと平日に1本ずつ書いたくらいのペースです。そう考えると、いいペースです。私は基本的に休みの日はブログを書きません。休日はできるだけ家族(特に子供)と過ごす時間を作りたいからです。ブログの更新は平日の深夜に行います。休日は、子供を寝付かせながら一緒に朝まで寝るという習慣になってしまったので、そもそも休日にはブログを書けないのです。これが私のペースだし、これでいいと思っています。

ブログを続けているうちにアクセス数も増え、コメントやトラックバックもいただいて、とても楽しくやらせていただいてます。ブログを読んでいただいている人がいらっしゃるからこそ、やりがいも生まれてきます。基本的には書くことが好きだし、文字で自分を表現するしか芸がないので、ブログはものすごく楽しいのです。このペースで2年目3年目を目指していこうと思います。

さて、1周年記念なので、何か特別な企画をしたいと思います。月並みですが、アクセス数が多かった記事を紹介します。今回の記事がだんだん長くなってきたので、ランキングの紹介を2回に分けます。今回は6位から10位まで。次回は1位から5位までを紹介します。

6位☆Facebookで人気があるアプリケーションはこれだ!(2008年06月24日)
このブログでたくさんFacebookについて書きました。この記事はFacebookの中でもアプリケーションにスポットをあてたものです。みなさんアプリケーションに興味があるようですね。Webサービスにアプリケーションを追加するというFacebookのアイデアは斬新でした。一方、新しいがゆえに概念を理解しにくいので、Facebookのアプリケーションを理解するため、または何をインストールしていいのか分からなかった人が参考にしたのではないかなと思っています。

7位☆アドレス帳ソフトのRipplexは携帯電話だともっと便利になる(2008年05月16日)
Ripplexとはソーシャル連絡帳のこと。自分の連絡先を自分の知り合いと共有できるサービスです。一言で説明するのは難しいので、リプレックスのWebサイトを見てください。ソフトの紹介がなされています。サービス自体は便利なので、もっと普及してくれたらなと思う。リプレックスがブロガー向けに説明会をした直後はそれなりの反応がありました。この記事は今でもちょくちょく読まれています。Ripplexについて調べている人は、携帯電話と連携すれば便利になると気がつき始めたのではないでしょうか。

8位☆雨どいと肉球とフクロウとThinkPad(2008年09月18日)
この記事は、アジャイルメディア・ネットワーク(AMN)が主催するブロガー向けイベントの件で書いた記事です。AMNのWebサイトに記事へのリンクが掲載されたので、アクセス数が多くなりました。私自身は、このイベントに参加することで、自分はブロガーだと言えるようになりました。それまでは、あまりブロガーとしての自覚はなかったです。いろいろ刺激を受けました。

9位☆Facebookの衝撃 --- mixiなどニッポンのSNSが進化するためのいいキッカケになるか(2008年05月21日)
Facebookが一応日本語対応したというので、2008年5月はFacebookで一部の人が盛り上がっていました。この記事ではmixiとFacebookを比べることでFacebookとは何かを説明しました。また、日本のSNSがとるべき道も少しは示せたかなと思います。

10位☆ブログってなんだろう(2009年02月24日)

記事にも書いていますが、徒然なるままにキーボードをたたいて出来上がったのがこの記事です。自分が思ったことを素直に表現できたと思っていますが、長い割には内容がないので、読みにくい記事だと思います。でも、肩の力を抜いて書くことができたので、それが逆にみなさんに響いたのかもしれません。正直なところ、これほど読まれると思いませんでした。10位にランクインするほど読まれていたとは驚きです。この方式は自分の頭の中の整理にかなり役立ちます。これからはこのような自分の意見をさらりと主張する記事を増やしていこうかなと思います。


では、予想通り長くなってしまったので、今回はここまで。
次回は1位から5位までを紹介します。バラエティに富んだ記事がランクインしています。ご期待ください。

追記:次回の記事は「ブログ開設1周年を記念して、よく読まれた記事を振り返ります(後編)」です。
こちらもお読みください。
タグ:ブログ


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2009年03月04日

日本独自の文化なのか、ガラパゴスなのか

日本独自で進化してきたものを"ガラパゴス○○"と言われる。よく言われるのが携帯電話。世界標準と異なる世界で進化してきたので、ガラパゴス島で発生した独特の生物の進化にたとえられて、"ガラパゴス携帯"と呼ばれる。たいていの場合、よくない意味で言われる。だが、これは本当に悪いことなのだろうか。

先入観を排除して考えてみてはどうだろう。日本の携帯電話がガラパゴス携帯と言われるのは、世界市場と比べて日本の市場が小さいから奇異なものに見えるのではないだろうか。日本国内では、シャープやパナソニックからNECや富士通などがメジャーな携帯電話の端末メーカーである。ワールドワイドで見ると、ノキアやサムスンがメジャーな端末メーカーとなる。当然だが、日本国内だけの市場より、日本を除く世界市場の方が金額・出荷台数ともに絶対的に大きくなる。なので、日本ではメジャーな携帯電話の端末メーカーは、ワールドワイドの市場で見るとまったく存在感がない。ただそれだけのように思えるのだ。

国内だけで携帯電話を使う分には、世界から見たらマイナーな端末メーカーの製品で困らない。むしろ使いやすい。端末メーカーは国内市場に向けて、よりよい製品を出そうと努力した結果だと思う。わざわざガラパゴス化しようとして製品開発を進めてきたのではあるまい。

ガラパゴス化の例として携帯電話を挙げたが、Webサービスでも一見ガラパゴスになっているようなものがある。

例えば、mixiやGREEといったSNSだ。日本語を話せる人にしかサービスを提供していない。これでは、FacebookやMySpaceといったワールドワイドのサービスと真っ向勝負できない。ただ、これも見方を変えれば、日本人には使いやすいサービスになっているともいえる。携帯電話でパソコン版とほぼ同等のサービスを提供できたりするのも、日本人好みのサービスに進化していった結果だろう。

その証拠に、世界市場で展開しているMySpaceやFacebookの日本での普及はそれほどでもない。日本の環境をあまり考えないで、世界共通の流儀を日本に押し付けたからだろう。MySpaceは日本法人を設立したにもかかわらず、mixiやGREE、モバゲータウンに大きく水をあけられている。携帯電話も世界市場ではメジャーなノキアやサムスンは日本市場ではマイナーな存在だ。

日本の携帯電話やWebサービスがガラパゴス化しているのではなく、日本という英語を話さず、独自の文化を持つ国には、やはり独自のサービスが必要なだけなのだと思う。あっ、でもこの状態をガラパゴス化と一般的に言うのだった。そもそも日本は島国だ。ガラパゴス島のように独自進化するのは必然だったのだろう。ただし、少し強調しておきたいが、ガラパゴス化するのが地理的な要因であれば、ガラパゴス化するのは悪いことではなく、自然現象だと言える。だとしたら、ガラパゴス化を悪くいうのはナンセンスで、そうなることを前提にビジネスを遂行するのが重要になる。

つまり、日本の中で日本の経済規模で適切なサービスを提供し、適切な利益を得るような仕組みを実現するのが重要なのである。それを、世界市場を狙うサービスの真似をして、規模を追う仕組みにすると失敗する。日本在住の人全員に参加してもらわないと利益が出せないサービスを提供しようとしていないだろうか。規模を追うのは悪いことではないが、全体のパイ(ユニバース)を意識しないと失敗する。ガラパゴスな世界で生きていることを前提にすれば、何をすべきかなんとなく見えてくるのではないだろうか。ちょっとした視点の移動である。

もう少し見方を変えると、英語で提供される欧米のサービスもガラパゴス化していると言えなくもない。たまたま、現在は英語が世界の標準語になっているので、英語でサービスをすると世界標準のように見えるし、規模を追求しやすい。しかし、英語を母語とする人よりも中国語が母語である人の方が多いと聞いたことがある。だったら、中国語でサービスをする方が、よほど"地球対応"といえるのではないだろうか。

とはいえ、現在は英語を使う人が最も多いのも事実だろう。もし、中国語圏の経済規模が英語圏のそれよりも大きくなれば、英語のサービスよりも中国語のサービスが標準になるのかもしれないが。そうなったら、英語のサービスが本格的にガラパゴス化する。

日本の話に戻すと、日本だからガラパゴスなのではなく、言語の壁があるだけだと思う。だとしたら、日本語をもっと世界中で使ってもらえば、日本語のサービスもワールドワードの市場を狙えるようになるかもしれない。そうなるのが現実にありえるかどうかはまったく分からないが。

長々とわけがわからない話をして申し訳ない。理科が大好きな私は、ガラパゴスというと、ダーウィンの進化論で紹介されているように面白い生物がいる楽しい場所なのである。それをなんか悪い意味で使われることが増えてきたので、個人的にガラパゴスの名誉回復を狙った次第である。

では、今回はここまで。

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2009年02月28日

軽い気持ちで投稿した記事が意外に受けた件など

今週の頭に投稿した記事「ブログってなんだろう」は、正直なところ何かを深く考えようとして書いたものではなかった。ソーシャルメディアというものを考える上で、そして自分がやっていることを整理するつもりで書いた。頭の中に思いついたものをひたすら文字にしていくという作業をした結果、できあがったのがこのエントリだった。正直なところ、読みにくい記事だと思う。でも、いつもより多くのアクセスをいただき、私自身が驚いた。

自分で言うのもなんだが、何のためにブログを書くのかについて、いいところを突いたような気がする。これはいい収穫だった。自分でもあやふやなままだった「ブログを書く理由」を整理できた。

そして、この記事をベースにしてもう少し整理したのが、次の日に書いた「ソーシャルメディアとマズローの自己実現理論」である。「ブログってなんだろう」では、思いがけず「マズロー」というキーワードが出てきた。うろ覚えだったものを改めて調べることで、さらにブログを書く目的が見えてきた。ただ、この記事はブログだけではなくソーシャルメディア全体の話として書いた。それは、ブログが自己アピールであるのなら、それは自分だけでは完結しないからだ。自分がいて他人がいる、そして複数の人の間に"つながり"が生まれる。この記事では"つながり"を重視して書いたので、人々のつながりの中で流通するメディアであるソーシャルメディア全体まで話を広げた。ここでは、ブログもソーシャルメディアの1つとして考えたわけだ。

そして次の日、「ブログは個人の意見の発表の場、かなり自由度は高い、ゆえに意見がぶつかる危険がある」という記事は少し異色だ。前回の記事のコメントに返信しようと思ったのだが、長くなりそうなので1つの記事にしてしまった。コメントを書いた人は、私にとって大事な人なので、本来ならきちんとその人にコメントを返すべきだったと思う。だが、コメントしたい内容は自分がブログに対して思っていることなので、あえて広く読んでもらうことにした。ほとんど私信なのだが他の人にも伝えたかった。ブログがソーシャルメディアであるからこそ、自分とつながりがある人に自分の考えをいろいろ知ってほしかったのだ。

そして、前回の記事「インスタントメッセージも使ってみようかな」では、ブログを超えて、自分のコミュニケーションの手段を増やしてみたことを報告。今まで避けてきたインスタントメッセージにチャレンジするという宣言である。宣言というと大げさではあるが、自分の気持ちとしてはそれくらい大きいことになっている。

チャット自体はいろんな人のブログなどを読んでいると、すでに普通に使われているサービスである。ウェブカムを使ったビデオチャットも普通に行われているようだ。本音をいうと、これらのツールを使いこなしている人がうらやましくて、私もいまさらではあるが使ってみようと思い立ったわけである。

インスタントメッセンジャーはいろんなものがあるが、とりあえずGoogle TalkとWindows Live Messenger、Skypeを自宅とオフィスのパソコンに入れた。さっそくチャットに誘っていただいた人もいる。この場を借りてありがとうと伝えたい。

チャットの利点は、短時間に濃密なコミュニケーションができることである。電話や会って話をするよりも濃厚な時間を過ごす場合も少なくない。人と人とのつながりを太くするのに最適なツールなのかなと思う。多人数を相手にしたコミュニケーションは難しいが、少数の特に1対1のインターネット経由のコミュニケーションとしては、これ以上のものはないと思っている。この分野は私にとって未知の分野であるので、インスタントメッセージとソーシャルメディアの関係をもう少し調べてみたいと思う。

ということで、今週は長めの記事をいくつも投稿してしまいました。今回の記事は1週間の書き込みを振り返るというものです。この形式も私にとっては新しいチャレンジでした。書いたものを振り返るのは、予想以上に頭の整理になります。たまにはこんな感じで記事を投稿するのも悪くないですね。

では、今回はここまで。

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2009年02月26日

ブログは個人の意見の発表の場、かなり自由度は高い、ゆえに意見がぶつかる危険がある

ブログってなんだろう」という記事でいくつかコメントをいただきました。ありがとうございます。

いただいたコメントの1つに対して、最初はコメントで返そうと思っていたのだけど、長くなりそうなので1つの記事にしてみました。私のブログに対する思いを含めて書きたいと思います。

>ココログさん
コメントありがとう。

「ブログは書く人個人の自由の場だと思っています。」というのは、まさにその通り。私が言いたいことと同じです。私はそれを「自分をアピールする場所」と表現しました。自分が思っていること、感じていること、気になっていること、好きなもの・・・、何を書くかはブログオーナーの自由だと思います。いわゆる可愛らしいブログも含めて、何を発信するかは自由だと思っています。

世の中にはさまざまな考えを持つ人がいます。"さまざまな考え"の一つひとつが個々のブログになるのかなと思います。見方を変えると、1つのブログは1つの意見であり、たくさんのブログをまとめると、いわゆる"さまざまな考え"になるというわけです。

"さまざまな考え"の中には、誹謗中傷もあるでしょう。広い意味で、誹謗中傷や批判的なコメントも1つの意見です。自分が自由に意見を言える自由を持っているのなら、批判的なコメントもコメントする方の自由なのかなと思います。ただし、そのようなコメントに対してブログオーナーが真摯に対応することも大切かもしれませんが、何もしないという選択肢もあります。これもブログオーナーに与えられた自由かなと思います。

ブログは一方的な投げかけです。なので、誤解を生みやすいというのはその通りです。そういう意味で、ブログは難しいです。私も誤解をできるだけ少なくなるように書いたり、書きながら「これは誰かが不愉快な思いをするかな」と注意したりしています。でも誤解は絶対になくなりません。私は、最後には誤解されたり不愉快にさせたりするのを覚悟して、それでも自分の意見を通そうと考えています。自分の意見は、誰が何と言おうと自分の意見だからね。
タグ:ブログ blog


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2009年02月25日

ソーシャルメディアとマズローの自己実現理論

記事タイトルはなんか難しそうですが、書きたいことは前回のポスト「ブログってなんだろう」の続きである。何の整理もしないまま、ただ自分の頭の中を実況中継しただけの記事だったが、多くの人にアクセスしていただいた。非常にありがたいことである。

今回は少し整理しながらも、この段階ではどのような結論になるのか決めないまま、脳内にたまっている自分の意見を書き記していこうと思う。

前回のポストで、マズローについて触れた。書きっぱなしもなんなので、少し調べてみた。ウィキペディアによると、私が説明したかったのは「マズローの自己実現理論」というものらしいということが分かった。人間は自己実現のために努力をする生き物であり、自己実現に至るまでに、段階的な欲求が人間にはあるという理論だ。「マズローの欲求段階説」ともいうらしい。

マズローが分類した人間が持っている基本的な欲求というのは、低次から挙げていくと下記になる。低次の欲求を満たしながら、最終的に自己実現を果たすというものだ。

  1. 生理的欲求
  2. 安全の欲求
  3. 所属と愛の欲求(社会的欲求)
  4. 承認の欲求(自我の欲求)
  5. 自己実現の欲求

詳しい説明はウィキペディアなどを見ていただくとして、前回のポストではブログを書く理由を、自分を誰かに知ってほしいという欲求からくるものだと説明した。マズローの基本的欲求の「承認の欲求」または「所属と愛の欲求」あたりを満たす行為であると言える。3〜4番目の欲求を満たすためということは、それなりに基本的な欲求を満たしている人が、自己実現のためにブログを書いているともいえる。ブログに限らずSNSやソーシャルブックマークなど、いわゆるソーシャル系サービスをなぜ利用するのかという答えにもなるかもしれない。

ということは、自分が自分であるために、ブログなどを使って人とかかわりを持つのだろうか。SNSを使うのだろうか。正直なところ、自己実現の欲求を満たすことができるブログサービスやSNSといったソーシャルメディアはまだ存在していないように思える。

次世代のソーシャルメディアは、人と人がつながるだけではなく、コネクトした上で、ソーシャルグラフ上にいる人たち同士が相互作用し、しかも個々が自分らしさを表現するためのサービスになっていくのだろう。思い切り抽象的に書いてしまったが、まだ存在しないサービスなのだから具体例を挙げようにも挙げられない。少なくとも、友達のたまり場にはならないし、単なる仕事場をインターネットに置いただけのものにもならない。きっと、自己実現の欲求を満たすサービスを実現するのは、インターネットの中だけでは無理のような気がする。実世界のサービスもからめたものになるのではないかと思う。

このようなサービスのプラットフォームになるのは何かなと考えた時、ブログとSNSは外せない要素だと思う。だからこそ、ブログサービスはソーシャル機能の強化に自然と向かっていっているのだろう。一方、SNSはどうだろうか。まだ、人と人をつなげる機能、つまりソーシャルグラフを構築する機能も十分とは言えない。自己実現の欲求を満たすためのソーシャルグラフ構築には不十分という意味でだ。次世代のSNSは人と人のつながり方でイノベーションが必要かもしれない。

かなり抽象的になってしまった。マズローの欲求段階でソーシャルメディアを考えると、こんな感じになる。おそらく、別の切り口でソーシャルメディアを見ると、別の結論が出るだろう。実際に、次世代のソーシャルメディアが登場したとき、最初はたくさんのサービスが乱立するだろうが、最後は何が万人に受け入れられるのかはまた別の話になる。将来はどうなるかまったく予想できない。1つ思うのは、ビジネスは人がやっている以上、人の欲求に従うしかないのかなということ。こう考えれば、将来登場するサービスは、利用者にとって気持ちがいいものになることは確かだろう。どんな低次の欲求でも満たされた時はうれしくなるからね。

では、今回も長くなるので、ここで失礼します。

posted by やすお at 01:50 | Comment(1) | TrackBack(0) | オピニオン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2009年02月18日

社内調整を効率よくするために少し考えてみた

社内の情報共有はものすごい力と気を使う作業だ。特に組織が大きくなればなるほど、何か仕事を進めるために社内の関連部署を走り回る社内調整にかかる時間が必要になる。これを怠ると、せっかくリリースまでこぎつけたサービスでも、「俺は聞いてねぇ」の一言で振り出しに戻される。モノポリーで「Go to Jail.」に止まってしまったようなものだ。そこから抜け出すには決して安くはないコストを支払わなくてはならない。

では、どうすれば社内調整をスムーズに行えるのか。正直なところ最適な解はない。あるとすれば、「俺は聞いてねぇ」という発言をさせないことなのだろう。これには、社内のステークホルダーに対して、適切なタイミングで適切な情報を提供することに尽きるとおもう。まあ、この作業を社内調整というのだろうけど。

で、これを効率よく実施するのが難しいので、どうしようかということだ。話がぐるりと回ってしまったが、社内調整で走り回る人の努力だけではどうにもならないと思う。個別にキーマンと接触し、その時は適切なタイミングで適切な情報を提供できても、キーマンの助言(たいていは余計なお世話だが)を反映させていくと、また最初から個別に説明をしなければならなくなる。これは「俺は聞いてねぇ」よりもたちが悪いかもしれない。キーマンの助言(たいていは本人が仕事をしたという満足のために言う戯言であることが多い)に罪はない。重要な指摘だってあるだろう。しかし、重要(だと思われる)助言(条件)が矛盾したものになっていて、あちらの顔をたてればこちらが立たず、なんてことにもなりかねない。

キーマン同士がすり合わせをしてくれればいいのだが、それを期待するのは無理だ。ということで、社内調整に走る人が、キーマン同士のすり合わせをするようになる。もともと相容れない条件であることがほとんどなので、うまく妥協案をみつけなければ、何も先に進めない。そして幸運にも妥協案が見つかっても、今度は別の人が「俺はそんな話になるとは聞いてないし、了承した覚えもねぇ」と言い出すかもしれない。こうして、社内調整サイクルだけが、良質のPDCAの正反対の向きに回っていく。当事者だけが疲弊していく恐怖のスパイラルだ。

このスパイラルを発生させないためには、情報共有のやり方にもう少し知恵を出さねばならないと思う。先ほど、適切なタイミングで適切な情報を提供することが重要だと書いたが、ここにもう1つ、「関係者全員に対して同時に周知する」というのを加えなければならないと思う。

この「関係者全員に対して同時に周知する」は、アナログの世界であれば、全員が1か所にあつまる"会議"を開催することで実現できた。もちろん、ステークホルダー全員の日程を調整するのに骨を折らなければならないのだが、個別に意見を調整するよりはやりやすい。そして、日程調整のために費やされる時間でビジネスのスピードはどんどん落ちていく。

ここまで書いて、まったく救いがないじゃないかと思うかもしれない。確かにその通り、現状のままでは、ステークホルダーの数が増えれば増えるほど、ビジネスのスピードは落ちる。少人数のベンチャー企業の動きが速くて、大企業の動きが遅いのはこういった理由からだ。大企業もベンチャー企業を見習って、少人数のチームでプロジェクトを組んでビジネスを遂行したりしているが、結局、経営陣が余計な口を出すはめになってしまい、うまくいかない場合が多い。うまくいっているように見えても、もともと社員が少ないベンチャー企業には意思決定のスピードはかなわない。

結局、何かプロジェクトに関する情報は1か所にまとめて配信し、それを関係者が必ず見るというオペレーションにしなければならないのかなと思う。昔はグループウエアの掲示板を使ったが、掲示板には、アクティブに見に行かなければ情報を得られないという欠点がある。現在は、掲示板よりもRSSなどを利用してあたかもプッシュ配信されるように情報を得る方式の方が便利だろう。

ちょっと分かりにくくなったと思うが、具体的なイメージはFriendFeedである。FriendFeedとはソーシャルメディアのアグリゲーションサービスである。自分が投稿したブログへのリンクやDelicious.comやはてなブックマークにブックマークした記事、お気に入りのYouTube動画、Twitterでのつぶやきなどなど、さまざまな情報を1つのストリームという形で配信できる(ちなみに私のFriendFeedストリームはここ)。流れてきた情報に対してコメントをつけることもできる。これのエンタープライズ版があれば、適切なタイミングで適切な情報を、関係者全員に対して同時に周知させることが可能になると思う。

問題は適切な情報を確実に伝えられるかであるが、ここは人の方の意識を変える必要があると思う。ストリームに流れたものは全員が見たとみなすか、ストリームの中でなんらかの意識統一がなされた場合、議論をひっくり返すような行為を認めないとか、なんらかのルールが必要になってくる。

たいていの議論は大方の賛成があれば進めて問題になることはない。国連だって多数決で決議している。まあ、国連は拒否権を持つ国があるので、すべてが多数決になるわけではないが、これもやり方次第だと思う。企業版FriendFeedに拒否権を持つことができるユーザーアカウントを設定するだけで、たとえば、誰が何と言おうと社長の了承がなければ先に進めないようにするという運用ルールにできる。

今回の投稿は長くなってしまったが、社内調整という仕事はこれまでなかなかIT化されなかった。これが、ソーシャルメディアの技術を活用することで、ある程度までIT化できるのではないかと思ったわけである。大きな組織であっても、意思決定のスピードを上げられるようになるのではないかと予想できる。そうしたら仕事をしている人は喜ぶよね。

余計な気を使わなくてもすむ世界が早く来てほしいものである。

では。今回はここまで。

posted by やすお at 03:02 | Comment(0) | TrackBack(1) | オピニオン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2009年01月30日

介護の現場は人手不足 − でも、外国人を使い捨ててはいけない

今回は気になるニュース記事を取り上げたい。外国人の介護士・看護師を受け入れる件だ。2009年1月20日、インドネシア人が日本の介護施設で仕事を始める。日本が初めて介護分野で受け入れる外国人労働者だという。今回は100人のインドネシア人が老人介護事務所に配属される。

◎これでは“派遣切り”予備軍に(日経ビジネスオンライン)

若い労働者が不足している日本において、海外から労働力を輸入するのに異論はない。来てくれる人とその家族や祖国にとってメリットがあるのなら、どんどんやればいいと思う。

インドネシアからやってくる若者は、祖国で働いたのではとうてい得られない報酬で仕事ができる。少しでも家計を助けるために、祖国を離れ、言葉もあまり通じない場所に喜んでやってきてくれる。また、介護という仕事に誇りを持って、日本人だけで日本人の介護ができないのなら、俺(私)がやってやると、プロ意識に燃えてやってくる人もいるだろう。ありがたい話である。

これから私が書くことは悲観的でインドネシア人にとってはつらいものだ。建前と本音を使い分けるべきなのかもしれないが、若者を騙しているようで黙っていられない。

まず、日本人の外国人に対する見方を考えてみる。正直なところ、日本人がアジア人を見る態度は非常に悪い。欧米人に対しては自分を卑下するくせに、アジア人に対しては明らかに自分(日本人)の方が上だという態度をとる人が多い。戦争で負けたから欧米人には頭が上がらない。だが、アジア人に対しては戦時中であるかのごとく横柄な態度をとる人をみかける。明らかに差別である。

特殊なケースではない。おそらく、日本にやってきたインドネシア人は、そのような日本人のメンタリティに愕然とするだろう。志高く仕事に打ち込もうとしても、職場の中や外を問わず、いやな目に遭遇する可能性は高い。

そもそも、今回の介護士の受け入れにしても、日本人には不要な「介護福祉士」という資格を3年で取得しなければならないなど、制度的におかしなことが多い。しかも、日本人には不要な介護福祉士の資格を一発で取得できなければ、日本で働き続けることはできない。まるで、強制退去を命じられた犯罪者のような扱いである。

これから本格化する少子化社会では、税金を支払う人が不足することは明らか。そのために海外からの移民を受け入れるべきという声を聞く。私もそう思う。経済だけを考えれば移民は正解なのかもしれない。しかしこれも、実際に海外からやってきて日本で生活をする人々が、安心して楽しく暮らせる環境があることが前提だ。単に税金を支払う人という役割だけで移民を受け入れても、それは来てくれる人に対して非常に失礼な話である。

少し話がそれてしまったが、外国人労働者を受け入れるというのは、来てくれる人に対して厳しいものになる。特にアジア各国から場合は。これから待ち受ける苦難に負けることなくがんばってほしいと切に願う。

今回、この記事をポストしたのは、FacebookやMySpaceといったSNSを通じてインドネシアや中国の若者とつながりを持っているからだ。ワールドワイドなSNSを使っていると、日本の見方や世界の中の日本について考えさせられる。世界と日本の違いを感じることもあるし、国が違っても考え方は同じなのだなと感じるときもある。自分の視野が多角的になるので面白い。

さて、彼らとの交流で感じるのは、彼らは日本をすばらしい国だと思っていることだ。もちろん、金銭面だけを見れば、日本で働くことは、自分がお金持ちになることに通じる。そりゃ夢のような話だ。

夢だけを見られるならそんなすばらしいことはない。しかし現実は厳しい。私が米国に旅行したとき、私がへたくそな英語を話すものだから意思疎通ができないことがあった。その時のアメリカ人は明らかに私をバカにしたような目で私を追い払った。このようなことが日本にやってくる外国人(特にアジア人)に起らなければいいと思う。がんばってほしい。

posted by やすお at 03:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | オピニオン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2009年01月21日

米国はオバマ大統領でCHANGE、WebコンテンツもCHANGEできるか

2009 年1月20日、バラク・オバマ氏が44代アメリカ合衆国大統領に就任しました。就任式典はテレビやネットでライブ中継されました。全世界でどれだけの人が就任式を見たのでしょうか。地球上でこれほど注目を浴びる人はあまりいないでしょう。それにしても、米国の大統領は国家のリーダーらしい演説をしますね。堂々としていて、国民に訴えかえる話し方、そりゃ米国民は支持したくもなるでしょう。

一方、日本の政治は外に出せないくらい恥ずかしいですね。野党が総理大臣に向かって漢字テストを出題する、しかも国会でやっている。それがマスコミに取り上げられてニュースとなる。いかがなものかと思う。政治家は前から二流と言われているが、マスコミも二流だ。マスコミが、そんなことを国会でやっているということに対してノーを言うのなら分かるけど、同じようにバカなやり取りを楽しんでいるだけである。アホかと。

話がズレてきた。

米国はこの危機をどう乗り越えるのか、オバマ大統領の手腕が試される。オバマ氏は「CHANGE」を掲げて選挙戦を戦ってきた。大統領になってもこの軸を当面はぶらさないだろう。危機を乗り越えるには変化が必要、どのように変化させるかは国民が考えるのだが、どこまで変化させられるのかはオバマ大統領のリーダーシップにかかっている。

さて、Webの世界も微妙に危機である。自動車などの製造業に比べれば格段にマシなのだが、シリコンバレーでは日本の派遣切りのように、インターネット企業のレイオフなど人員削減がなされている。インターネット広告の伸びが芳しくないこともあり、インターネット企業は広告モデル以外でのサービスを模索している。

ここからは日本でのビジネスの話にしたいのだが、古くからあるのは、モバゲーやGREEでアバターなどを購入するのにユーザーに対して少額課金をするモデルがある。広告が好調だったころは、売り上げに対する貢献度はそれほどでもない(モバゲーは結構な割合になっていたかもしれない)と思うのだが、広告に比べて下落幅が小さいと課金コンテンツが、今になって注目を浴び始めた。広告が中心のmixiよりも課金コンテンツを持っている GREEの方が会員数も少ないのだが、財務状況はいいみたいだ。

ブログサービスも有料化への道をさぐっている。CNETの記事「FC2ブログ、課金記事「ブロマガ」機能を提供」によると、「FC2ブログ」が、ブログ記事を月額購読制にできる機能「ブロマガ」を開始した、とのことだ。無料で提供するのが当たり前だと考えられてきたブログの購読を有料にするのはかなり思い切ったことだろうと思う。逆にいうと、広告に頼って無料で提供するビジネスモデルが崩壊してきているのだと思う。

2009年はWebサービスをいかに上手に有料化するのかが問われる1年になると思う。消費税を上げるのと同じくらい難しいチャレンジだと思う。でも、Webビジネスでも“CHANGE”が必要なのだと思う。

posted by やすお at 04:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | オピニオン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2009年01月14日

新しいノートパソコンを買った

自宅で使っているパソコンが古くなってきたので買い換えることにした。今まで使っていたのはNECのLaVie LL550という機種で、相当古い。メモリーを増設し、ハードディスクを増設し、だましだまし使っていたが、さすがに限界。USBポート(もちろんUSB1.0)が3つあるうち2つが使用不能になり、そしてマウス本体も壊れてしまった。YouTubeのHD動画はCPUのパワー不足で再生できないし、ものすごく不便を感じていた。6年か7年は使ったのだから、もういいだろうということで、めでたく我が家の財務省のOKが出た。

新しく買ったのは、またしてもNECのLavie。LL750というモデルだ。2008年末に出た最新モデル。いわゆる2009年春モデルのパソコンである。テレビ機能はないけれど、基本機能はしっかりしている。基本スペックと価格のバランスで購入を決めた。もちろん、これまでLaVieを使っていたことも購入のポイントとなった。総合的に考えるとThinkPadが個人的にはいいのだが、家庭で使うとなるとデジカメのメモリーカードを直接読み込めるかなんかも評価ポイントになる。私はxDを読み込めるパソコンでなくてはならなかったので、Vaioは選択肢から外れた。実は、ひっそりと今回は勇気を出してVaioにしようかなとも思っていたのだが。

とまあ、製品選択は個人の自由であるのでとやかく言うつもりはない。正直なところ、欲しい機能が決まっていれば、買おうと決めた日に一番安く入手できる機種を購入すればいいと思う。パソコンに不慣れで心配なら、誰でも知っている日本のメーカーが出している機種がいいだろう。

しかし、新しいパソコンはWindows Vistaがプリインストールされているわけだが、うーん、なんだか難しい。Windows XPと全然違う。セットアップに時間がかかってしまった。なんだか新しいパソコンを購入するたびに、自分がパソコン初心者になっていく気分になる。私がパソコンを触ったのは、Windowsが登場する前のこと。MS-DOSの時代からだ。そのときは、CONFIG.SYSを自分でカスタマイズして、アプリケーションで使えるメモリー領域を増やすなど、ものすごい深くまで理解していたけど、今のパソコンでは無理だ。まったく分からん。

そういえば、家電量販店で買ったとき、「セットアップには時間がかかりますよ」と言われたっけ。「素人じゃないから自分でセットアップできます」と宣言したのだが、こんなに時間がかかるとは思ってもみなかった。また思い出したけど、店員が商品を渡すときに、普通なら「お買い上げありがとうございました」というところ、「がんばってください」と言っていた。「がんばります」と言ったものの、1日だけではWindows Vistaと無線LANを含むネットワークを設定するので精一杯だった。データの移行はいつ完了するのやら。当然、このブログも古いパソコンで書いているわけです。

そうえば、Windows Vistaの次に出るWindows 7は2010年にリリースされるそうだ。なんとなくではあるが、このタイミングでVistaパソコンを買ったのは失敗ではなかったかと、データ移行も済んでいない状態で、ちょっとだけ悔やみ始めている。でも、パソコンは欲しいときが買い時だと、努力して自分に言い聞かせている。

それにしても、新しいパソコンを買うまでは楽しいのだが、それから発生するデータ移行のことを考えると憂鬱になる。完璧なクラウドコンピューティングの環境が整うことを切に願う。買ってから普通に使えるようになるまで数日かかる商品って普通じゃないよね。この面倒くささはクラウドで解決できるはず。みんなが面倒といえばクラウド化はスピードを上げて進むと思う。

posted by やすお at 03:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | オピニオン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする



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