2013年05月09日

コンテンツ流通の変化についていけるか

このブログを最後に更新してから1年半が経過した。この間に、さまざまなものが変わった。特に変化を感じたのはコンテンツ流通である。facebookやTwitterといったソーシャルメディアで情報が流通するのがあたり前になり、旧来のメディアが担っていた必要な人に必要な情報を届けるという“メディア”本来の仕事の主流が変わり始めた。

このブログを始めた2008年にはすでに兆しがあった。当時の日本ではまだギークのおもちゃだったfacebookやTwitterだが、米国では人気サービスになっていたし、利用者が増えるにつれて、旧来のメディア(Webメディアも含む)が、コンテンツを流通させる場として利用を始めた。いいか悪いかは別にして、旧来のメディアがコンテンツプロバイダに変化した時期である。

そして、2012年以降は、日本でもfacebookやTwitterは身近なサービスとなり、テレビや新聞、雑誌など旧来メディアは、ソーシャルメディアと共存する道を歩み始めた。国内メディアもコンテンツプロバイダへと変化してきたのだ。

もう、1つのメディア(Webサイトも含む)が単独で情報を流通させるにはインターネットは巨大な世界になってしまった。情報爆発とも言われているが、爆発した情報量をさばくには適切に情報を流通させる仕組みが必要で、それが今はソーシャルメディアなのだろう。

さて、情報を効率的に流通させる仕組みにRSSがあり、一定の人々が好んで使った。基本的にはXML形式のデータなので、機械(サーバー)同士でデータ処理するのにも向いている。RSSによるコンテンツ流通の時代は長く続くのかと思っていたが、2013年に入って、Googleが同社の人気RSSリーダーの「Google Reader」のサービスを2013年7月に停止すると発表した。Googleでさえ、RSSには見切りをつけたのかもしれない。

GoogleにはGoogle+というサービスがあるので、これからのコンテンツ流通はこちらをメインに考えているのだろう。もはや検索だけでは世界中の情報を整理できない。ソーシャルメディアの領域に踏み込まざるをえないGoogleのアセリのようなものを感じる。また、あっさりとGoogle Readerを捨てることができるのもGoogleの潔さだろうか。普通の大手企業ならありえない経営判断である。

とまあ、だらだらと書いてきたが、昔はいわゆるメディアが担っていたコンテンツ流通を、いつしかYahoo!といったポータルサイトが担うようになり、今はFacebookに代表されるソーシャルメディアがもっとも力を持つようになった。そして、そろそろポストソーシャルメディアが出てくるころである。

コンテンツを消費する側から見れば、必要な情報を得るための方法を把握しておく必要があるし、コンテンツを提供する側から考えれば、どうすれば商売に結び付くのか土俵を探すことになりそうだ。

 * * *

ざっと、ブログを更新しなかった期間のことをまとめてみた。久しぶりの更新で、これまで感じていたことを簡単にまとめるつもりだったが、いつものように長くなってしまった。各事象についてはいろいろ書きたいことがあるが、それは別の機会にしたい。

ということで、今回はここまで。
引き続き、よろしくお願いします。



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2010年08月03日

多重人格のすすめ

タイトルからは想像できないが、前回の「ジョハリの窓をネットコミュニケーションが変える(ポジティブ版)」の続きである。まず前回の話を振りかえろう。

自分を開示することで自分を知り、他人にも自分を知ってもらえる。ネットでのコミュニケーションは地理的障壁を越えられる。だから、ソーシャルメディアは全世界の人と分かりあえるというのが前回の話。こんな感じでまとめると、ありえない話であることがよく分かる。正確にはありえないのではなく、ソーシャルメディアがそんな力を持っていることを容認できない感じかな。

では、なぜ前回は夢物語を語ることができたのだろうか。

ジョハリの窓を二次元で考えたのが原因だと思う。窓なのだから二次元のようなものだから仕方がない。また、ジョハリの窓に出てくる他人とネットでつながっている人を同じ「他人」と表現したのが誤りだったかもしれない。ジョハリの窓でいう他人とは実際に顔をあわせたことがある人を示している可能性が高い。しかし、私が他人と表現した人はネットだけの関係も含む。顔馴染みの関係とネットでの人間関係は異なると思う。

まず、ネット上での自分と他人が知っている自己は、基本的にはSNSなどのプロフィール情報がメインになる。プロフィール情報は自分が記入するものだ。ここに出す情報は自分がコントロールできる。例えば、自分が自覚している自分のマイナス面は書かなくてもよい。それが顔馴染みだったら知っていて当然のことでも開示する必要はない。

つまり、ネットでは公開したくないことは隠しておける。自分と他人が同時に認識する自己は、自分が開示した範囲を越えることがない。

一方、公開しなかった自己、つまり、自分は知っているが他人は知らない自分だが、顔馴染みが知らない自己より範囲が広くなる。他人に知られていない自己が大きくなるわけだ。ネットの匿名性が高くなるのも納得である。

自分は知らないが他人が知っている自己はどうだろうか。これも自分から情報公開しない限り狭いままである。しかし、これはプロフィール情報の書き込み以外の活動によって広くなる可能性がある。例えば、Twitterでのつぶやき。何気ない書き込みにその人の性格が出てしまう場合がある。自分が気がつかないうちに、ネットだけの関係の人々の間で、自分の人格が形成されてしまうこともありえる。まるで別人のような自分をイメージを作られる場合もある。良いか悪いかは別にして、他人が知っている自分を知る機会にもなるだろう。これはネットの活動を通じて、新たな自分を発見することにつながる。

最後に、自分も他人も知らない自己はネットではどうなるだろうか。これは顔なじみ同士を前提としたジョハリの窓と大差ないと思う。ただし、自分が公開する情報が限定的である以上、この窓も比較的広めになるだろう。まあこの部分は分からない方がいいのかもしれないけれど。

■ネットの人格、リアルの人格

リアル人脈におけるジョハリの窓とネットコミュニケーションでのそれとは形状が異なることはお分かりになったと思う。同じジョハリの窓で自分を表現できないということは、飛んだ話をすれば、リアル人脈内での自分とネット人脈内での自分は異なる人格を持つとも言える。

私はそれでいいと思う。もっと言えば、ネットとリアルの2つに分けるのではなく、ネットのサービスごとに人格があってもいいと思う。

例えば、mixiとTwitterでの人格は同じである必要はない。それはサービスごとに人と人のつながり方に特徴があるからである。mixiのように強いつながりを求めるサービスは比較的リアルな人格に近い。どちらかというと家の外にいるオフィシャルな自分に近い人格で日記を書いたりするだろう。 Twitterのようにゆるいつながりを持つサービスは、リアル人脈に関係なく本能的なコミュニケーションをすることが多い。もちろん、人それぞれなのがソーシャルメディアのいいところであるので、Twitterが自分のオフィシャルサイトになっている人もいるし、mixiを自分の隠したい人格での活動に使っている人だっているだろう。隠したいことでもmixiなら同じようなことを考えている人がきっといるだろうから、隠したい人格でコミュニティを形成できるのである。

ソーシャルメディアが当たり前のように使われるようになって、リアルな人間関係だけでなく、ネットでの人間関係も生まれてきている。もちろん、ネットとリアルを共有している関係だってある。そこまで含めるとかなり複雑な人間関係が存在することになる。これからのネット社会を考えると、人格をどう見せるのかコントロールするスキルが要求されるのかもしれない。

さて、我ながらぶっ飛んだことを書いたような気がする。賛否両論があるだろうし、私が間違った解釈をしているところもあるだろう。これも一つの意見として寛大な心で読んでいただけると幸いである。

では、今回はここまで。

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2010年07月28日

ジョハリの窓をネットコミュニケーションが変える(ポジティブ版)

まず、長い間更新をしないですいませんでした。単純の仕事が忙しかったからブログを書く時間が取れなかっただけです。書くことに対して情熱を失ったわけではありません。このご時世に仕事があるだけでも幸せなのかもしれません。でも、仕事しかない人生もまた空しいものです。こうして頭の中の別の部分を使ってブログを書くことは自分にとって息抜きでもあり、明日の仕事に結び付く準備でもあります。大切にしたいもののひとつでありながら1カ月以上も放置していたのは自分にとっても残念なことでした。

ということで、仕事はまだまだ忙しいのですが、7月に1本も記事を書かないのはどうしても我慢できなくて、無理やり書きたいと思います。明日はへろへろになっているかもしれませんが、まあなんとかなるでしょう。

さて、前置きが長くなってしまったのですが、さらに別の前置きを書きます。

私はネットと何か別の言葉を関連させてブログを書くのが好きです。ソーシャルメディアについて考察することが多いので、“人間とは”を考えることが多く、あまり詳しくはないのですが、心理学の用語とからめながら記事を書くことがあります。マズローの自己実現理論とからめた「ソーシャルメディアとマズローの自己実現理論」もそのような記事の代表です。

今回は、電車の中で、「自分って何だろう」「自分の正体は?」といったことを考えているうちに、“ジョハリの窓”にたどり着きました。ジョハリの窓とは自己を4つの部分にモデル化したものです。自己を「自分も他人も知っている自己」「自分は知らないが他人は知っている自己」「自分は知っているけれど他人は知らない自己」「自分も他人も知らない自己」に分割したものです。詳しくはWikipediaなどを参照してください。

■ネット上のコミュニケーションで戦争がなくなる?

疑問がひとつ出てきました。自分という人格はネット以前と比べて、どうなったのだろうか。変わったのだろうか、それとも変化はないのだろうかということです。

ソーシャルメディアの普及に伴い、自分の情報をネットに公開する機会が増えています。Twitterなどネット上で会話を交わすのも一部の人達のものではありません。携帯電話ユーザーほどではないですが一般に普及しつつあります。

で、ソーシャルメディア、分かりやすくいうと、mixiやTwitterといったサービスなのですが、そのサービスを使うときには自己紹介を書くと思います。長い自己紹介を書く人もいますし、一言で済ましている人もいます。ボリュームはさまざまですが、書く前に少しは自分について考えたはずです。大げさに言うと、自分自身についてよく知ろうと思っただろうし、今まで知らなかった自分に気が付いたかもしれません。そして、ネット上でさまざまなサービスを利用することで、自分のことを他人にも知ってもらえる状態になります。

これはジョハリの窓のいうところの自分と他人が知っている自分(明るい窓)が大きくなったと言えるのではないでしょうか。相対的に、自分は知っているが他人は知らない自分の窓(隠された窓)が小さくなると考えられます。さらに考えていくと、最終的には、自分も他人も知らない自分の窓(未知の窓)が小さくなっていきます。

これは誤った見解かもしれませんが、自分と他人が分かりあえた状態なのかなと思いました。ネットを利用することで、リアルに会える範囲を越えて、月並みな言い方ですが、地理的障壁を乗り越えて分かり合える仕組みができたのではないだろうかと想像します。

妄想していくと、世界中の人がネットでコミュニケーションをすれば、紛争などがなくなるといった結論を導き出せそうです。かなりポジティブシンキングであることは承知しています。まあ、そう教科書のようにいかないのが現実世界の面白さです。次回はネガティブな観点でも考察しようと思います。

こんなところで中途半端に終わるのは、後半を書いてしまうと長くなるからです。それ以外の理由としては、明日の仕事に備えて早く寝たいのです。

ということで、次回がいつになるかお約束できませんが、この続きは次回ということで、気長にお待ちくださいませ。

では、今日はこれで失礼します。

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2010年05月26日

TwitterやFacebookがインターネットになる日

なにやら日本でもFacebookがじわじわと普及しているようです。とりあえず登録している人が圧倒的ですが、小さいながらもコミュニティを形成していくのではないでしょうか。ここでいう"小さい"はあくまでも日本国内の話です。ワールドワイドの視点ではFacebookはとてつもない力を持ちます。

さて、FacebookのLikeボタンを一般のWebサイトでも使えるようになりました。この事実はこのブログでも取り上げています。小さなボタンですが、考えようによってはインターネット(正確にはWeb)を根底から変えてしまう力を持っているのではないかと思い始めました。

WebはハイパーリンクでWebページをリンクしていく仕組みです。Webページは情報ですから、Webの登場により、情報と情報をつなげることで新しい情報を生み、関連した情報はリンクをたどることで入手するという情報の入手方法を劇的に変化させました。

このWebという仕組みは便利に違いないのですが、あくまでも情報を整理したに過ぎません。極端に言ってしまえば、図書館で書籍が分野で分類されていることと変わりありません。そういえば、インターネットを大きな図書館と表現することは(インターネット歴において)大昔によくありましたね。結果的に、かつて情報洪水と言われたほどにインターネットで流通する情報は膨れ上がりました。人間が処理できなくなるくらいです。

巨大な図書館から必要な情報を引き出すためにGoogleなど検索エンジンの重要度が増しました。しかし、検索エンジンは大量の検索結果を返すだけで、本当に必要なものを提示できるかというと疑問が残ります。

■情報のつながりから人のつながりへ

人間が処理できなくなった情報をどのように整理するのか―――それが課題になりました。結論から言うと、人間と人間のつながりが情報の整理とリコメンドの仕組みとなりました。つまり、自分と関係する人が自分に必要な情報を教えてくれるというものです。ソーシャルWebの時代がやってきたと言っていいかもしれません。情報のつながりが付加価値を生んだ時代から、人のつながりが付加価値を生む時代になっていきそうな感じです。

Googleなどの検索エンジンは相対的に重要度が低くなっていきます。替わって台頭してきたのがSNSです。日本ではmixiが大手ですが、ワールドワイドではFacebookが圧倒的な存在感があります。そのSNSで構築したソーシャルグラフ内を流通する情報がもっとも信頼でき、役に立つ情報になりつつあります。Twitterも情報流通というインフラという観点で優れています。ゆるいソーシャルグラフではありますが、流通する情報量はFacebookで流れる情報よりも多いと思います。また、ゆるいソーシャルグラフであるがゆえに、自分にダイレクトに関係する情報だけでなく、もう少し外側の情報も入ってくるのが特徴です。

■インターネットって何?

根本的な疑問があります。インターネットとは何でしょうか? 技術的な定義やビジネス的な定義などあるでしょうし、人それぞれで解釈も異なるだろうと思います。

ここでは、コンピューターシステム(携帯電話を含む)を使った情報流通のインフラと捉えます。そうすると、これまでWebページの集合体がインターネットの多くを占めていたわけですが、SNSの登場により、ソーシャルメディアがインターネットになったと考えていいのかもしれません。もちろん、これは私個人の意見なので、異論があることは承知の上で書いています。

言葉を変えると、「インターネット」という単語から想像するものは、これまではWebサイトでした。もちろん私の認識ですが、このように思うのは少数派ではないと思います。もちろん、人によってはメールと答える人もいらっしゃるでしょうし、FTPと答える人もいらっしゃるかもしれません。

3年後にはインターネットを代表するものは何になっているのでしょうね。現在ではパソコンでインターネットをすると言うと、Webサイトの閲覧かメールでのコミュニケーションを示すことが多いです。これが、「インターネットする」という行為がTwitterやFacebookで情報をやりとりすることを示すのが一般的になるかもしれません。

もちろん、人と人とのつながりが情報流通のインフラになったその先には、別のものが生まれてきます。インターネットの歴史の中で生じる変化の1つなのですが、数年後はソーシャルWebがインターネットと認識されるのかなあと思うわけです。

少し長くなりました。
今回はここで失礼しようと思います。

最後に近況を。

今回は久しぶりのブログ更新です。書きたいことはあったのですが、それ以上にAndroidが面白くて...、いろいろ勉強してしまいました。Android携帯はクラウドサービス(主にGoogleですが)と本格的に連携した携帯電話です。いろいろ調べていると、ものすごい将来性を感じます。もちろん、iPhoneも同じくらい将来性があるのだとは思いますが、よりオープンなAndroidがイノベーションを起こすことを期待したいです。

と、Androidのプログラムを書いていて感じました。

posted by やすお at 02:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | ソーシャルメディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2010年04月20日

なぜグーグルはソーシャルメディアになれないのか

Twitterのつぶやきで気になったものがありました。GoogleとTwitterの最大の違いを簡潔にまとめたものです。マイネット・ジャパンの代表である上原氏のツイートです。GoogleとTwitterの違いについてなのですが、これはGoogleとソーシャルメディアの違いと考えてもいいでしょう。下記に全文を記載します。

Googleに「ただいま」と送ると「ただいまの検索結果」が返ってくる。Twitterに「ただいま」と送ると「おかえり」が返ってくる。』(上原仁(ueharajin)氏のツイートより)

つまり、Googleはユーザーの入力したものを探していると認識し、Twitterはそれを他者への呼びかけと認識します。Googleはコンピュータが答えを見つけているのに対し、Twitterでは生身の人間が応えていることがほとんどなので、“認識する”というのは適切な表現ではありませんが、何かアクションを起こした人に対して、返すものがまったくことなることを感じ取っていただければいいかなと思います。

Twitterは人間が中心となるサービスです。そこがGoogleと最も異なる部分です。Googleのサービスで人間が検索結果を返すものは登場しないと思います。現状では、人が情報を媒介しないものはソーシャルメディアになれません。Googleはうわべだけのソーシャル化まではできたとしても、本質的にソーシャルになれないのです。

さて、現状においてソーシャルメディアが強いのは、ある人が欲しい情報を適切に提供できるからです。情報の分類はコンピュータよりも人間の方がまだまだ正確かつ柔軟にできるのではないでしょうか。

Googleは「ただいま」という検索キーワードで情報を探しますが、きっとユーザーは何か反応が欲しくてテキスト入力窓に「ただいま」と入力したはずです。この場合、適切な返事はきっと「おかえり」ではないでしょうか。入力した(受け取った)言葉の行間を理解して反応する。それは人間だからこそ正確かつ柔軟に行えるわけです。

リアルな世界であれば、「ただいま」に対して「おかえり」と返すのは当たり前のことです。リアル世界の常識は、まだネットの世界の常識になっていません。そのため、このような当たり前の反応をするだけでソーシャルメディアはスゴイという話になってしまいます。

現在のソーシャルメディアは実世界をネットの世界に写像したものだと思います。情報を口コミで伝搬させることや、ある人の言うことを重要だと感じてしまうことは実世界でもあります。もちろん、ネットでの口コミは一瞬にして世界中に伝達してしまうなど、リアル世界ではありえないことが起こります。だけど、本質だけを見れば、ネットもリアル世界も変わりません。

ソーシャルメディアはもっと進化していくことでしょう。それがどのような方向なのかは見当がつきませんが、まずはリアルでできることをもっとネットに持っていく方向になるでしょう。WebサイトがWeb2.0に進化したように、ソーシャルメディアも2.0と呼ばれる時代がくるかもしれません。個人的には、Web2.0がバズワードになってしまったのが残念なのですが、進化するものはバズワードがあろうがなかろうが登場します。実際にWebが2.0とは関係なく進化したのと同様に、ソーシャルメディアも進化することでしょう。

最初の話題に戻りますが、GoogleはWebを2.0に進化させたかもしれません。それ以上の進化はどうでしょうか。一方、Twitterはソーシャルメディアを2.0に進化させる可能性があります。もしかすると、検索サービスを古いものにしてしまうソーシャルメディアが登場するかもしれません。

では、今回はここまで。

posted by やすお at 03:30 | Comment(2) | TrackBack(0) | ソーシャルメディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2010年03月31日

【メモ】Yahoo!って外部サービスとの連携を強化していたんだね

米国のYahoo!の話なのですが、いつのまにかYahoo!からFacebookのStatus Update(Twitterのようなつぶやき機能)が使えるようになっていました。少し設定が必要ですが、なかなか使えそうな機能です。

FacebookのStatus Updateはさまざまなツールで使えます。iGoogleのガジェットから更新することもできますし、MyYahoo!のガジェットでも可能です。FacebookとTwitterを連携させればTwitterの書き込みがFacebookに反映させられますし、FriendFeedを使っても同じようなことができます。モバイル環境を考えても、iPhoneやAndroid端末から更新することだってできます。

米国Yahoo!がすごいのは、Gmailなど外部サービスを積極的にトップページから使えるようにしていることでしょう。Yahoo!のトップページにGmailやFacebookのボタンが表示され、クリックするとそれぞれのサイトに飛んでいく構造になっています。Yahoo!にとってはPVなどが増える要素にはなりません。それでも他サービスと連携するのはどうしてでしょうか。きっと少しでもYahoo!からインターネットを使う人を増やしたいのだと思います。純粋にポータル機能を強化しているような気がします。

Yahoo! Mailもさまざまなアプリケーション(Flickrなど)といったアプリケーションを組み込むことができます。まだ使いこんでいないので、何に使えるのか調べきることができませんでしたが、Yahoo! Mailを単なるメールサービスではなく、パーソナルな情報活用ツールへと変身させていくYahoo!の意気込みを感じさせます。

このような機能を日本語版のヤフーにも早く投入してもらいたいところです。日本だったらmixiやGREEにも対応してもらえると助かります。私は使っていませんが、モバゲーTownと連携するのもアリでしょう。そうすれば幅広い年齢層に訴求できます。

Googleばかり使っていてはだめですね。たまには他のサービスを見ないと、面白いものを見逃してしまいます。おそらく、国内のサービスにもキラリと光るものがあることでしょうか。Gooなんかは何かをやっていそうな気がするのですが、これも調べ切れていません。とりあえず、自分で使っていないサービスは調べようがないので放置ですが、気が向いたらいろいろ調べようと思います。

では、今回はここまで。

posted by やすお at 03:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | ソーシャルメディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2010年03月18日

Twitterはマスを再構築できるか

自分がインターネット関連の仕事をしているせいかもしれまないが、なんとなく世論になりつつあるのが、「マスメディアの時代は終わった」とか「これからはインターネットがすべてを提供する」とか「YouTubeがあるからテレビは見ないよね」といった意見だ。

ふと思ったのだが、これらは正しいのだろうか。ごく一部の人の意見が浮かび上がって来ているだけではないだろうか。

例えば、「マスメディアの時代は終わった」というのは本当だろうか。確かに、マスのテレビや新聞、雑誌の広告費は年々落ちていく傾向にあり、あまり元気がない。「ソーシャルメディアの時代にマスはない」という意見をTwitterかブログで読んだのだが、ある程度は賛成するものの、マスはマスで存在するように思える。


■リアルタイムWebがマスを再構築する


Twitterなどリアルタイムのコミュニケーションを売りにしたサービスがある。Twitterの中ではリアルタイムに多種多様で大量の情報が飛び交っている。Twitter内での情報伝達範囲は、ユーザーがフォローして(されて)いる範囲である。友人同士が集まって会話をしている状況に近い。確かにこれではマスコミュニケーションとは言い難い。

Twitterのすごいところはリアルタイムで情報をたくさんのユーザーに配信できることである。ここでは“リアルタイム”という部分に着目したい。Twitterのようなツイートは、それが流れた瞬間が最も情報価値が高くなる。時間が経過すれば見る必要もなくなることが多い。

Twitterではスポーツ中継などを放送しているテレビ番組がリアルタイムに実況されることがよくある。サッカーの日本代表戦などは、自分のタイムラインがツイートによる実況中継で埋まってしまう。私の興味の範囲で実況されるわけだから、ツイートが多くなることで迷惑に感じるというより、むしろ役に立っている。仕事中でテレビを見られない時はなおさらだ。

このように、現在を共有することがTwitterでは可能になる。言い換えれば、Twitterで現在を共有している人の集団こそ、リアルタイムWeb時代のマスではないだろうか。

昔のように、ほとんどの人が視聴するテレビ番組がほぼなくなっている時代なので、マスといっても規模は小さい。しかし、Twitterが登場する前のインターネットは、メディアとユーザーの間は、非同期のコミュニケーションだった。つまり、自分のブックマークや検索エンジンで目的のものを探して、何月何日に公開したかどうか分からないコンテンツを、ユーザーは各自異なるタイミングで見ていた。ページビューが多いサイトでも、同時にそこを見ている人はそれほど多くはない。

リアルタイムWebの登場により、同じタイミングで同じ情報にアクセスしている人が増え、さらにユーザー同士がコミュニケーションできる環境が整った。集まる場所があれば、コンテンツ次第で人は集まる。人々がテレビの前に集まる行動のインターネット版が、Twitterに流れているタイムラインを追いつつツイートを交わすという行動と言えるのではないだろうか。これこそ、インターネット時代のマスの行動である。Twitterの利用者が増えれば、現在のマスの規模に近くなっていくので、その時はインターネットもリアルも関係なくなるのだろうが。

さて、微妙に外している感じもあるが、マスがなくなったというのは極論であろう。見た目が変わりながらもマスは存在している。このようなことを意識すると、テレビや新聞、雑誌はまだまだやることがあるのではないかと思う。

では、今回はここまで。


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2010年03月04日

成功しない従来メディアのCGM

今日お会いした人が発した言葉で私の心に残ったことがありました。それを膨らませると、記事タイトルのような結論に至りました。

聞いた言葉は、「CGMではユーザーが投稿したものが一番のコンテンツにならなければならない」というもの。ちなみにCGMとはConsumer Generated Mediaの略で、ユーザー自らがコンテンツを作成するメディアのことを指します。インターネットの掲示板やSNS、口コミサイトなどが該当します。そして、聞いた言葉は、「ユーザーが投稿したものが最も価値がある」という意味になります。

CGMをよく知る人にとっては当たり前のことなのですが、従来メディアの人々は、ユーザーが投稿したものが最も価値があることに意外と気が付いてないかもしれません。

ブログもCGMの1つです。ブログオーナーが投稿した記事自体もCGMですが、記事に対して付いたコメントもCGMと言えます。ブログ記事とコメントの関係を従来メディア(特にニュースを提供しているWebサイト)は、記者またはライターが書いた記事にコメントを付けられるようにしました。ユーザーがコメントを入力できるのだから、それはCGMだろうという論理です。コメントを付けられるメディアだから、Webサイト全体をCGMと呼んでいいのではないかという論理に飛躍してしまうのです。

■Webサイト運営者が投稿したコンテンツはCGMにはなれない

ここでCGMの定義を思い出してください。ユーザー自らが制作したコンテンツのことをCGMと呼ぶはずです。Webサイト運営者が投稿したニュースはCGMではありません。ユーザーが投稿したものではないからです。つまり、Webサイトのニュースとそれに付いたコメントはまったく位置付けが異なります。

そして、聞いた言葉を思い出します。CGMで最も価値があるのはユーザーが投稿したコンテンツであると。

ここで、少し嫌なことを書きます。普通のニュースサイトで価値があるのは記者が書いた記事でしょうか、それとも読者が書いたコメントでしょうか。さまざまな意見が出るところではありますが、Webサイトがニュースを配信するのをメインとしているのであれば、記者が書いた記事の方がコメントよりも価値があります。つまり、ニュースサイトにおいて最も価値があるのは、CGMではない記事そのものなのです。

ユーザーが投稿したコンテンツは一番になれないので、普通のニュースサイトはCGMになりたくてもなれないわけです。「CGM化するぞ」という掛け声のもとに、無理やり読者からのコメント機能を付け加えたり、ユーザーが意見を述べられる掲示板を設置したりしたとしても、Webサイトでプロの記者が書いた記事が存在する限り、本当のCGMにはなれないのです。これが記事タイトルにある従来メディアがCGMで成功しない理由です。

■成功するには築いてきたブランドを捨てる覚悟が必要

従来メディアがCGMに興味を持つのは、コンテンツ供給機能において、自社だけでは限界があるからです。多くの人を引き付けるには大量のコンテンツが必要です。コンテンツを提供する量には限界があるので、外部にコンテンツ制作を頼らなければ回りません。効率よく大量のコンテンツを仕入れるにはCGMがベストな方法なので、どうにかしてユーザーを巻き込んでコンテンツ量を増やしたいのです。コンテンツが増えればよりたくさんの人を満足させることができます。

ユーザーが投稿したコンテンツを最も価値あるものにするには、自社の記者がでしゃばらない、ユーザーにすべてのコンテンツを任せる体制にならなければなりません。覚悟を決められる従来メディア企業がどれくらいあるのでしょうか。

結局、CGMはmixiのような既存メディアではない企業が台頭するわけです。運営側はプラットフォームを管理するのに特化し、コンテンツにはほとんど携わらないくらいの距離間がちょうどいいのではないでしょうか。

ところで、従来メディアでもCGMに成功している例もあります。例えば、読売新聞の発言小町です。Webサイトを見ると読売新聞のサイトであることは分かりますが、ここに新聞記事本体はありません。あくまでもユーザーの投稿が最も価値あるコンテンツとして扱われているので、CGMのメリットである大量のコンテンツが集まる現象が発生しています。発言小町は例外に近いものだと思います。良く言えば読売新聞の思い切りの良さが成功を招いたのかもしれません。

普通の従来メディアがCGMでビジネスをするのであれば、CGMサイトを別会社で運営するくらいの思い切りが必要だと思います。できれば、100%子会社ではなく、外部の資本が入ったより独立性が高く見える会社が運営するのがベターだと思います。もちろんメディアのブランドを使わないのがベターです。ブランドを使わないのは事業を立ち上げる上でマイナスになりそうですが、そこは覚悟を決めるしかないのかなと思います。

では、今回はここまで。
今日は印象に残った言葉があったので、少し整理したメモを残してみました。
タグ:CGM メディア


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2010年02月25日

バナナとソーシャルメディアをどう結び付けるか−それが私に課せられた課題

私はブログクラブというサービスに登録しています。アジャイルメディア・ネットワーク(AMN)が運営するサービスで、ブログを書いている人のコミュニティを構築して、そこで何か面白いことを実施しています。

banana.jpg今回は、ドール(Dole)がバナナをプレゼントするというので、『あなたのオフィスにスペシャルバナナプレゼントキャンペーン』に応募してみました。このブログを書いていることからも分かるように、見事に当選してしまったのです。バナナが当たったくらいで...と思うかもしれません。でも、当たったのは70本のバナナです。とても個人では消費できません。応募要項にも食べきれるかどうか判断するよう注意が書いてあります。

さて、お店以外で70本のバナナなんて初めて見ました。段ボール箱が届いたのですが、「想像よりは少ないかなあ」といったところ。正直、3箱くらいの段ボールが届くと思っていたので、1箱しかなかったのを見たときは安心しました。

ちなみに、ドールは東京マラソン2010(2010年2月28日開催)の公式スポンサーです。参加ランナーの栄養補給のために、約7万6000本のバナナを無償で提供するとのこと。70本で段ボール箱1個ですから、1000箱以上のバナナを無償提供するわけです。太っ腹ですねえ。


■バナナは体にいいらしい

肝心のバナナですが、ランナーには最適の食べ物だそうです。だからこそ東京マラソンのスポンサーになっているのでしょうけれど。そういえば、バナナダイエットというのがありましたね。きっと健康に痩せることができるのでしょう。私はというと、朝食をバナナにしていた時期もありました。糖分補給ができるし、それなりに食べ応えがあるのでお腹にもしっかりとたまります。忙しい朝にはぴったりだと思います。

あまりにも普通に私たちの生活に入り込んでいるので、効能というか健康面からみたバナナをもっと見直してもいいのかもしれませんね。


■最後に最大の課題を

特に義務はないのだけど、バナナを70本もいただいて何もしないのはブロガーとしていかがなものかと思うので、なんとか理由をつけてこのブログを書いています。

このブログはネットの未来を考えていこうというものなので、どうせならバナナとインターネット、特に今はやりのソーシャルメディアとからめて記事を書こうとしました。

そう思ったのが良かったのか悪かったのか、どうにかバナナとソーシャルメディアとの接点がないかと、ネットで調べてみました。バナナのたたき売りはソーシャルメディアと関係するのではないだろうかと強引な仮説をたてて調べたりもしました。もちろん「バナナ ソーシャルメディア」というキーワードでグーグル検索もしました。結果は、私がこのネタで困っている状況のツイートがヒットする始末。ここまで関連性がないキーワードでブログを書くのはつらいことです。

いろいろ調べて分かったのは、バナナの健康面でのメリットを再確認したこと、バナナのたたき売りは福岡県の門司港周辺が発祥であることくらいでした。

降参するのはくやしいけれど、男には負けを認めなければならないときもある。ここは素直にバナナとソーシャルメディアは関係ないと結論してしまおう。むしろ、ソーシャルメディアという小さなくくりで偉大なバナナさまを取り上げるのが、バナナさまに対して失礼でしょう。

ちなみに、ウガンダでは食べ物を意味する言葉とバナナは同じだそうです。日本で、「ごはん」というと食事のことを指すこともあるし、お米という意味にもなります。それと同じような感じらしいです。また、タイではありふれたことを「バナナ・バナナ」というらしい(どちらもWikipediaより)。それくらい日常に根差した食材なのでしょう。

ありふれたものほど存在価値が高いのに、普段はそれほど評価されないものです。バナナもそんな存在なのかなあと思いました。

そうそう、私は子供のころ、皮をむいたバナナをラップでくるんで凍らせたものを、夏のおやつにしていました。変色しやすいバナナを凍らせることで長持ちするし、なによりおいしいです。母親のオリジナルだったのかなあ。今年の夏にバナナがあったら試してみようかな。

と、こんな感じでグダグダになりながら、今回はここまで。
無駄に長くなってしまってすいません。
タグ:バナナ


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2010年02月11日

Google Buzzがやってきた

どう表現すればいいのか分からないサービス。それが「Google Buzz」です。何の説明にもなってないですね。実はこのサービス、私にはよく分からないのです。なので、グーグルが何を狙っているのかも当然のことですが分かりません。まあ、それでは話が終わってしまうので、私が感じたところ、ファーストインプレッションをお届けしようと思います。

まず、Google Buzzですが、グーグルのWebメールサービスである「Gmail」に追加された機能です。できることは、Twitterのようにつぶやきを投稿したり、写真やWebサイトのリンクを投稿したりできます。電子メールをソーシャル化し、つぶやきなどユーザーが何か情報を投稿できるようにしたわけです。ユーザーが投稿したものは広く公開するのか、一部のユーザーにだけ公開するのか選択できます。

同じようなつぶやき投稿サービスにはTwitterがあります。Google BuzzがTwitterキラーになるかと言われれば、現時点では「ならない」と答えるしかないでしょう。Twitterとは似ているようで似ていない、そんな感じがするサービスです。

さて、Google Buzzで問題かなあと思ったのは、初期にフォローする人を選べないことです。グーグルのWebサイトには「Gmail でよくメールやチャットをする相手を自動的にフォローします」(Googleバズ)とあります。「メールやチャットをする相手」の判断基準がどうも分かりません。私の場合は一度もGmailでメール交換していない人もフォローしていました。こんな仕様でいいのかなあと心配になります。

GoogleはBuzzをきっかけに、Google Waveの普及へと進んでいくことでしょう。そういう意味では、BuzzはGoogle Waveのミニチュア版という位置づけです。果たして、正しい方向にユーザーを導くことができるか、それがGoogleの腕の見せ所かなと思います。

Googleはソーシャルメディアに比較的弱い会社です。このGoogle Buzzもどれくらい成功するのか想像できませんが、どちらかを想像しなさいと言われたら、Google Buzzは失敗すると予想せざるをえないでしょう。残念ながら。

このBuzzに限った話ではないのですが、最近のGoogleのサービスは複雑だなと感じます。頭のいい人が集まった組織ですから、彼らから見ればBuzzくらいのものは単純なサービスなのかもしれません。Twitterが受け入れられたのは機能がシンプルだからだと思います。

メールとマイクロブログを結びつけたのは大胆な発想だと思います。その発想が受け入れられるかどうか、まさしくやってみなくては分かりません。一般ユーザーがどう反応するのか楽しみです。

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2009年10月29日

メディアの未来とか、自分ブランディングとか、週末起業とか

メディアの未来について考えています。たとえ話などを交えると、面白い、いや恐ろしい話になっていくのですが、今回は書きません。書く気分になったら紹介しようと思います。

さて、今日はお酒を飲みました。その勢いでブログを書いてみようと思うので、今回は酔っぱらいの戯言になることをご了承ください。

メディアというか、何かを伝える仕事をする場合、情報ソースの信頼度が重要になります。同じ一時情報に触れた立場でも、情報を受けた人が伝えたメディアに対して持っている気持ちによって、受け手への伝わり具合が異なります。誤解を恐れずに言うと、2ちゃんねるに書いてある情報よりも、大手新聞社が報道したニュースの方を信用してしまうといったことです。

この信用度をベースにし、さらに情報を伝える経路としてソーシャルメディアをベースにして考えてみます。すると、大手新聞社が報道する内容よりも、自分の友人が話している内容の信頼度の方が高い場合があります。最近のマスコミが力を失ってきたのもここらあたりが原因の1つかもしれません。

この情報の信頼度ですが、何が基準となるのでしょうか。分かりやすい言葉にすると「ブランド」ではないでしょうか。自分にとっての価値と言い換えてもいいかもしれません。ここではブランドと呼ぶことにしましょう。つまり、ソーシャルメディアの時代では、自分が信頼できる人の情報が、マスコミの情報よりも価値が高い、つまりブランド価値が出るケースがあるのです。もつべきものは、よい友人というわけですね。

そんなわけで、自分の価値を高めるためには自分を信用してくれる人を増やすことが重要になってくるかもしれません。これって、自分ブランドの構築ですよね。ソーシャルメディアの時代は自分ブランドをいかに構築するかが、仕事だったら評価基準になるし、実生活でも充実した時間を過ごせるようになるかもしれません。

では、自分ブランドを高めるためにはどうするか? これがかなりの難問です。正直なところ正解はないと思います。

1つ言えるのは、自分ができることをアピールする力をつけることなのかなと思います。文章を書ける人であれば、ブログを書けばいいし、音楽ができる人であれば、作曲や楽器の演奏でアピールできそうです。これ以外にも、さまざまな表現方法があると思います。

さらに、仕事につなげるのであれば、仕事で自己アピールするのが早道かもしれません。現在の仕事内容とアピールしたいことが一致していれば、現在の会社でがんばるのもいいし、別の場所に活動の場所を求めるのもありでしょう。普通の会社員であれば、週末の時間を使って、個人的な事業を立ち上げるのもいいでしょう。

何でもいいんです。何かを表現できれば。

ということで、ここで酔っぱらいのたわごとを終了します。最後まで読んでいただいた方、ありがとうございました。意味不明の内容だと思いますが、お許しください。

では、このへんで失礼します。

PS.
明日、読み直したら恥ずかしい内容なのだろうなあ。夜中に書いたらラブレターみたいになってしまいました。


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2009年10月16日

ブログはどこへ行くのだろうか

前回の記事「テクノラティジャパンのサービス終了に思うブログの役割」で、ブログの役割が変化してきたと書きました。では、ブログはどこへ向かっているのでしょうか。そんなことを考えてみました。

思えば、過去に「ブログってなんだろう」という記事も書いています。これを書いたのが2009年2月24日のことです。当時は、ブログを「自分の存在をアピールする場所」と書いた。自分を他人に認めてもらうための場所ということです。

テクノラティでは「会話」と表現しているわけで、双方向のコミュニケーションが前提にあると捉えているようです。そして、2009年2月の時点で、私は自分の情報を発信するものと表現しました。情報を発信するということは、情報を受け取る人がいるわけで、その点では、私の表現も双方向のコミュニケーションです。ただし、「会話」というほど親密なコミュニケーションではありません。

きっと、ブログの役割は、双方向のコミュニケーションから、ニュースサイトなどいわゆるメディアに近くなってきたのかなと思います。

そして、双方向コミュニケーションはTwitterなどのミニブログ(マイクロブログ)が担うようになってきたのでしょう。逆に、Twitterは「○○ブログ」と表記すると違和感が出るコミュニケーションツールとなりました。

Twitterの登場でブログの役割が変わったかどうか正確なところは分かりませんが、ブログの位置づけとして、情報発信に重点が置かれるようになったのは間違いないでしょう。ブログも書いていてTwitterもやっている人は、じっくりと何かを伝えたいときはブログに書き、ちょっとしたことを知らせたいときにはTwitterを使うというような意見を聞いたことがあります。私もそうしている者の一人です。

もしかすると、昔のWebサイトが情報発信をメインにやっていたように、ブログはWebサイトの役割を担うようになるのかもしれません。確かに、ブログをCMS(コンテンツ・マネジメント・システム)として考えた場合、ブログは構築やメンテナンスがやりやすいWebサイトと言えそうです。単独のHTMLファイルを作成しなくても、見栄えがよいWebページを生成できますから。

では、ブログシステムを使わないWebサイトの役割って何だろうかと疑問が出てきます。ちょっと大きめのWebサイトであれば何らかのCMSを使っているでしょうから、昔よく見た個人が運営している日記サイトなどはなくなる方向に進むのでしょうか。直感的にはなくなるような気がしますね。なくなるというよりもブログに統合されていくのでしょうけれども。

いろいろ考えていると訳がわからなくなってきます。
こんがらがる前に、今回はここまでとします。

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2009年10月02日

電子メールに変わるコミュニケーション&コラボレーションツールは登場するのか

FriendFeedでフォローしている人が投稿している動画を見て、LeverageSoftwareという会社を知った。企業向けのコミュニケーション&コラボレーションツールを提供している会社のようだ。



この分野のツールは増え始めている。Googleは「Google Wave」というコミュニケーション&コラボレーションツールを一部の人に公開を開始し、ブログなどで話題になっている10万人の試用ユーザーを募集したのだが、全世界で10万人は少ないようで、残念ながら私は抽選から外れてしまったようだ。GoogleさえもWaveの使い方を予測できないほどの新しいツールであり、特にコラボレーションが必要なビジネス分野でのコミュニケーションに大きなインパクトを与えるといわれている。電子メールを駆逐してしまうのではないかとも言われている。

電子メールに変わるコミュニケーション方法の手段となるのか、一般人に理解されずにひっそりと姿を消すのか、結論はまだ出せない。ただし、スパムメールなどで機能不全に陥っている電子メールに変わるコミュニケーション手段は誰もが必要だと感じているし、Webのソーシャル化に合わせて、働き方も変わるのだろうという漠然とした感覚も持っている人は少なくないだろう。

Google Wave以外にも、Zimbraが「Zimbra Collaboration Suite(ZCS)6.0」を発表し、TwitterやFacebook、Diggといったソーシャルメディアサービスとの連携を強化したコミュニケーション&コラボレーションツールになっているようだ。

かなり高度化した生産性向上ツールとなっているのが印象的。それがかえって、現在のビジネスパーソンが使いこなせるツールとなるのだろうかと心配になる。

実は、Yammerのような社内Twitterくらいがちょうどいいのかもしれない。コラボレーションはできないけどね。でも、プロジェクトチーム内でのコミュニケーションを円滑にするという意味でYammerは使えると思う。

ちなみに、企業での導入なのでGoogle Wave以外は基本的に有料のツールである。Yammerは無料でもそこそこ使えるようになっているが、高度な管理をするには料金を支払わなければならない。個人的にはWebで有料サービスを成功させるには、企業向けのツールがもっとも適していると思う。

何がどうスタンダードになっていくかははっきりと分からない。分かるのは働き方がここ数年でがらりと変わる可能性があるということだ。もちろん、Webに対するリテラシの問題があるので、急激な変化は起こらないだろうが、確実に変化していくだろう。ビジネスで成功したかったら、コミュニケーション&コラボレーションツールのスキルを高めておくのがいいかもしれない。

ツールがどのように進化しようとも、ビジネスは一人で遂行するものではないことは変わらないだろう。なので、コミュニケーションツールやコラボレーションツールの役割はどんどん重要になっていく。

ということで、今回はここまで。

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2009年08月12日

FacebookがFriendFeedを買収−どう融合していくか楽しみ

驚いたというか、世界最大と言ってもいいSNSのFacebookがライフストリーミングの世界では玄人好みのサービスを提供しているFriendFeedを買収したというのだ。TechCrunchの記事「FacebookがFriendFeedを買収(更新情報あり)」でも報道されている。両社のサービスは似ているところが多く、ユーザー同士が自分のライフログを交換し合うのは同じである。

このブログでもFacebookとFriendFeedはよく登場する。ミニブログサービスのTwitterと比較して、FacebookやFriendFeedを紹介することもよくある。過去に予想していたわけではないが、FacebookとFriendFeed、そしてTwitterはソーシャルメディアという分野の中で統合への道を歩むと予想していた。


私の予想は、TwitterとFriendFeedが統合されるというものだった。だが、FacebookがTwitterを欲しがり、その交渉が決裂したことでTwitterはとりあえず独自路線を歩むことになった。資金繰りがいいのだろうか。一方、FacebookはTwitterほどのユーザーがいるわけではないが、アルファブロガーのRobert Scoble氏のようにTwitterよりディープに使っているコアなユーザーも多くいる。Facebookとしては、Twitterよりも技術的に深みがありそうなFriendFeedを取ったのであろうか。

さて、FriendFeedとFacebookは似ているサービスと書いておきながら、否定することになるのだが、コンセプトの時点で異なるものがある。それは、ユーザー間のつながり方だ。FriendFeedはTwitterと同じく、片想いを中心とするつながり方をする。ユーザーが一方的に気になるユーザーをフォローできるようになっている。一方、Facebookはmixiと同じように両想いのつながりがサービスのベースとなる。フレンドリクエストを送って、承認されればめでたくお互いのライフログの閲覧が許されるといった感じだ。

ちょっとした違いのように思えるが、"恋人同士の関係"と"カリスマとカリスマにあこがれている人の関係"くらい異なる。もちろん、FriendFeedやTwitterもお互いがフォローすることで"恋人同士の関係"になる。なので、FacebookとFriendFeedは完全に異なるサービスではないが、微妙だが異なる点の方が多いと考えてよい。

そのような違いがある2つのサービスでありながら、FacebookはFriendFeedを買収したのである。Facebookにしてみたら、FriendFeedをそのままFacebookに統合することはできない。なので、買収の目的はFriendFeed自体を手に入れることではなく、FriendFeedの開発者を手に入れることだったのではないかと憶測されている。確かに、技術には定評があるFriendFeedの開発陣だ。FacebookとFriendFeedのエッセンスをうまく統合していくに違いない。もしかすると、それはFacebookではなく、次世代Facebookの可能性だってある。

この分野の開発スピードはとても速い。Mixiしか知らない日本人にとってみれば、Facebookは次世代SNSの姿そのものである、だが、Facebook自体はMixiが追いつく前にその先を行く可能性がある。なんかすごいね。

きっと各ユーザーのストリームをうまくコントロールしてソーシャルグラフ上に流すことができるようになるのだろう。必要な人に必要な情報を漏れなくノイズなく、それを実現するのはストリームによる情報の流れを制御することが必要になる。FacebookとFriendFeedの開発陣はやってくれるだろう。

まあ、将来は分からないけどね。意外と、FacebookとFriendFeedの技術陣の仲が悪かったりするかもしれない。これはITで解決できないリアル人間系の問題であるので、目指すゴールのアイデアを出し合って、素敵なソーシャルメディアライフをユーザーが送れるようにしていただきたいものである。

では、今回はここまで。

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2009年06月11日

ソーシャル読書のすすめ

ずいぶん前に「デジタルネイティブが世界を変える」という本をお借りして、ようやく読み終わりました(かなり遅いです)。本の感想を書こうかなと思ったのですが、今回は少し違った角度で読書について思ったことを書くことにしました。

お借りした本なのですが、手元に届いたときにはたくさんの付箋が貼られていました。実はこれが非常に大きな意味を持つと気付いたのは、読み始めてすぐのことでした。本につける付箋は、読んだ人が重要だと思ったところに貼られています。つまり、読んでいて付箋のあるページまで来たとき、「貸していただいた人はここを重要だと思ったのか」と気付くことができます。

付箋のページの内容に注意を払うことで、その部分を意識して読んだり、どうして重要だと考えたのだろうかと、そのページに書かれている内容を深く理解しようとします。このように読み進めていると、なんだか、付箋を貼った人と一緒に読書をしているような感覚になりました。この感覚は、誰かのソーシャルブックマークをたよりにネットサーフィンするのと似ています。なので、付箋を付けた本を回し読みすることを「ソーシャル読書」と呼ぶことにします。私が勝手につけた名称ですので、もしかすると似たような概念はすでにあるのかもしれません。とにかく複数人で同じ本を読むことは、一人で本を読むよりもより内容を理解できたり、議論を誘発する上で役に立つのではないかと思います。

■書籍じゃなくてもいいじゃんというものではないのです

ソーシャル読書でなくても、Webコンテンツであれば、はてなブックマークやdeliciousといった各種ソーシャルブックマークサービスでソーシャル読書と同じようなことができそうに思えます。ブックマークされた数や付けられたコメントを参考に、議論したり、理解を深めたり、同じことができそうです。

しかし、決定的に違うのは、書籍に記載されている情報量です。書籍は特定のテーマについて、著者が深く調査し、伝えたいことを吟味して、読みやすいように編集し、伝えたいことのエッセンスだけを取り出したものです。それでも200ページくらいの文章量になってしまうくらい多くの情報を伝えようとしています。特定テーマの情報パッケージと考えていいでしょう。一方、Webコンテンツは、ブックマークできる単位である"ページ"に記載される情報量は書籍と比べるとどうしても少なくなってしまいます。

書籍に貼られた付箋は、書籍のテーマをより理解するための助けとなります。付箋が独立して存在するのではなく、1冊の本の中に複数の付箋が貼られていることで、膨大な情報を提供する書籍(テーマ)の中から重要な部分に注意を向けることができます。これは書籍というコンテンツをサマライズすることになります。

一方、Webサービスのソーシャルブックマークは、Webコンテンツの中から重要であったり面白いコンテンツと思ったものにスポットを当てることになります。ブックマークごとの関連はあまりありません。複数のブックマークに同じタグをつけることで、ブックマークをグルーピングすることはできますが、コンテンツの抽出元がインターネット全体である以上、同じタグが設定されているからといって、ブックマーカーが同じ視点でWebページを読んでいたという保証はありません。つまり、ソーシャルブックマーキングは元々バラバラだったコンテンツを再構築する作業になります。

とにかく不思議な感じになったソーシャル読書です。新しい本の読み方として定着すると面白いかもしれません。付箋にメモを書いて他の人に回していけば、借りて本を読んだ人も付箋にメモを残すかもしれません。そして、本を借りて読んで人が増えると、たくさんのメモ付きの付箋が貼られます。貸した人のところに本が戻ったら、貸した人はたくさんの付箋を元に新しい情報を手に入れることができるかもしれません。本を読んだ人を集めて議論がしたくなるかもしれません。新しいアイデアがわき上がってくるかもしれません。

なんだか、今の時代に合っている読書方法なのではないかと思えるようになってきました。


タグ:読書 付箋


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2009年06月09日

ソーシャルメディアはサービスの境界があいまいになる

ITmediaの記事『Twitterユーザーの半数以上は「74日に1回」投稿』が少し話題になっている。ロイターの記事を翻訳したものであり、副題には「Twitterのメッセージのうち90%以上を10%のユーザーが投稿しているという。(ロイター)」とある。

ソーシャルメディアという新しいメディアが誕生し、誰でも情報を発信できる環境が整ったといわれている。このロイターの記事を読むかぎりは、ソーシャルメディアの時代においても、現実には従来のメディアと同じく、少数の発信者と大多数の受信者がいるだけのように思える。

はたしてそうだろうか。何か見落としはないだろうか。

さて、私にはこの記事は大きなニュースとは感じない。「ああ、そうだよね」という感想しかもたない。これはソーシャルメディアが従来のメディアと同じ少数の発信者のものであることに同意するわけではない。ロイターの記事はTwitterだけを取り上げている。これが見落としである。そりゃ、サービス単体だけ見ればロイターの記事の通りだろう。

ソーシャルメディアの時代において、1つのサービスで物事をとらえると全体を見失う。

日本のSNSはまだ対応していないが、SNS大手のFacebookでは、ステータス情報をTwitterに流すことができる。逆にTwitterのつぶやきをFacebookのステータス情報として流すこともできる。1つのつぶやきがサービスの垣根を越えて、多くの人が情報に触れることができる。これこそがソーシャルメディアの醍醐味であり、従来のメディアでは不可能だったことである。

例えると、学校で話題になったことが、塾やクラブでも話題になるようなものだろうか。同じ情報が異なるグループで共有される口コミと思えばいいかもしれない。

サービス間の連携に目を向ければ、どのソーシャルメディアに露出すれば効果的な口コミができるかも見えてくるかもしれない。ソーシャルメディアでは人と人のつながりに目を向けがちであるが、コンテンツの結びつきや複数のソーシャルメディアでのつながりに着目することで新しいビジネスが見えてくる可能性がある。

とにかく、1つのサービスに固執しないことがソーシャルメディアを理解する早道であり、ソーシャルメディアが無限の応用ができるポテンシャルを持っていることの証であるように思える。

今回は理解しにくいことをつらつらと書いてしまいました。インターネットで新しいことを始めようとすると、どうしてもソーシャルメディアを避けて通れなくなりました。そんなわけで、少し深く考えてみたわけです。まだ完全に見えたわけではないですが、従来のメディアの考え方を140度(180度ではないところが微妙)くらい変えないといけないような気がします。

まあ、これもデジタルネイティブには「何をいまさら」と笑われるだけなのかもしれませんが...。

とりあえず、今回はここまで。

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2009年06月04日

Googleによるコミュニケーションの再発明「Google Wave」

もっと盛り上がると思っていた「Google Wave」であるが、ニュース記事が流れたらそこでとりあえずひと段落しているようだ。まだ一般に公開されたサービスではないので、解説するのが難しいのだと思う。私も実物を見たわけではないのでよく分からないのだが、いくつかのニュース記事やブログを読んでいると、新しいコミュニケーション手段を提供するのがGoogle Waveなのかなと思ってきた。

メールでのコミュニケーションの欠点を解消し、インスタントメッセージのようにリアルタイム性を持たせながら、Wikiのようなコラボレーション環境を提供するといった感じだ。無理やり一言で書いてしまったが、文章だけでは分からないと思う。

もっと簡単に言ってしまえば、Google Waveは「デジタルネイティブ世代のコミュニケーション&コラボレーション環境」なのだろう。人と人のつながりの中で、コミュニケーションが生まれ、コラボレーションしながらプロジェクトを遂行していく。このコミュニケーション&コラボレーションの仕組みは、仕事の進め方だけではなく、個人と企業の間にも適用される。

仕事で利害関係者と調整をしながらプロジェクトを完成に導くコミュニケーション&コラボレーションだけでなく、企業が新製品を世の中に公開し、そのフィードバックを個人からもらう。フィードバックが企業と個人の間のコミュニケーションでとすると、企業がフィードバックを反映させた新製品は、個人(消費者)とのコラボレーションの結果と言える。これからは、ライフスタイル全体でコミュニケーション&コラボレーションをいかに効率よくするかが課題となる。

■ストリームベースのコミュニケーションがリアルタイムになったイメージか

仕事をする上で、または日常生活をおくる上で、私たちはたくさんの情報を処理している。SNSなどのソーシャルサービスにより、人とのつながりも増えている。人と人がコミュニケーションすることで情報は発生する。人とのつながりが増えれば、それだけ個人が処理しなければならない情報量が増えるわけだ。

これを解消するために、案件ごとに時系列で情報が流れると把握しやすくなる。ここでいう案件とは、メールの件名単位のやり取りと思っていい。誰かがメールを出し、その返信が「RE:」というサブジェクトが付いて議論が発生する。その議論の単位と思っていい。

Google Waveではその案件単位で情報を管理する。新しい情報がどんどん流れてくるストリームで管理すると言ってもいいだろう。ストリームの良さは、議論のログが残ること。メールベースの議論では、議論に参加する人を増やすのは困難だが、ストリームベースのコミュニケーションでは、ストリームを購読するかどうかなので、出入りは自由である。

唐突にストリームベースのコミュニケーションと言ってしまったが、イメージとしてはTwitterに近い。Twitterではユーザーがつぶやきを公開しているタイムラインというストリームがある。ユーザーが他人のタイムラインをフォローし、またはフォローされることで、ユーザーは気にった人の情報を自分のタイムライン(ストリーム)に表示できる。フォローし合っていると、自分のタイムラインに何か情報を書き込むだけで関係者と議論ができるようになる。もちろんタイムラインをフォローすれば、過去の経緯も見られるので、途中から議論に加わっても大丈夫だ。

Google WaveはTwitterで発生しているやり取りをもっとリアルタイムにしたような感じだ。うーん、やはり文字だけだと想像つかないなあ。とにかく、コミュニケーションで使う道具をがらりと変える可能性があるのが、Google Waveである。一般ユーザーにどれだけ受け入れられるかは未知数であるが、デジタルネイティブ世代は難なく使いこなしていしまうツールになるだろうし、なぜこれができなかったのかと不思議に思うくらいのものかもしれない。

今回は、かなりぼやけた焦点で記事を書いてしまいました。分かりにくいとは思いますが、ご了承ください。次世代メールシステムであり、次世代グループウエアであり、次世代SNSでもあるのがGoogle Waveなのだという認識でいれば大丈夫かなと思います。

では、今回はここまで。

◎参考記事


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2009年06月02日

ソーシャルブックマークの棚卸で新たな発見をする

土曜日は金曜日からの雨の影響で、予定していた子供の運動会が中止になってしまいました。妻と子供は友達の家に遊びに行ってしまったので、私は一人時間をもてあますことになりました。突然できた時間なので、普段やらないことをやってみようと思い、なぜか昔ブックマークしたサイトはどうなっているのだろうかと、ブックマークの棚卸をすることにしました。

最近の私は、ブラウザのブックマーク機能を使うことはほとんどありません。たいていはdelicious.comやはてなブックマークといったクラウド型のソーシャルブックマークを使っています。理由は明確で、家でも会社でも、どこにいても同じブックマークを参照できるからです。インターネットにつながっていないと使えないというマイナス面もありますが、ネットにつながっていなければ、そもそもブックマークしたWebサイトを開けないので、デメリットにはなりません。WebブラウザのFirefoxにはdeliciousをあたかもローカルのブックマークのように扱えるアドオン(delicious bookmarksなど)があるので、ブックマークがどこに保存されているのかを気にすることはなくなりました。

気軽にブックマークできるので、使い続けているとかなりの数がたまってきます。数を気にしないでためたままにしておけばいいのですが、アナログ思考が働く世代の宿命でしょうか、古いものを整理したくなりました。

結果的にスッキリするので、みなさんもやってみてはいかがでしょうか。実は、このブックマークの棚卸は古いデータを削除するだけではなく、過去に気になっていたWebサイトが現状どうなっているのかの確認にもなります。

正直なところ、「どうしてブックマークしたのだろう」と思うものもあります。なくなったWebサイトもあります。これら過去のブックマークからWebサイトにアクセスするだけで、当時は話題になった(自分が興味を持った)ものが、ファイナンスに失敗したのか、サービスのコンセプトが悪かったのか分からないけれど、メジャーになれなかったサービスをリマインドすることができます。これらのサービスについて何が悪かったのか研究するのも面白いかもしれません。

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2009年05月15日

スター・トレック関連のソーシャルサイトまとめ

前回のブログ「映画「スター・トレック」(Star Trek)は映像美と人間ドラマで私たちを魅了する」でも書きましたが、まだスター・トレックの感動がおさまりません。これは私だけではなく、すでに封切された米国ではもっと盛り上がっているようです。そして、現代はソーシャルメディアがマーケティングで力を持つ時代です。スター・トレックに関するソーシャルメディアもたくさんあります。

何かの役に立つかもしれませんので、まとめてみます。元ネタはCNETの「「スター・トレック」ファンのための交流の場--7つのソーシャルサイトを紹介」です。

「スター・トレック」オフィシャルサイト日本語版英語版
とにかくここからアクセスを始めればスター・トレックに関する情報を逃す可能性は小さい。このページからは、さらにFacebookで用意したページに飛んでいくことができる。MySpaceへのリンクも設置しているが、日本語環境のPCではアクセスできなかった。

Star-Trek
Twitterのユーザーグループです。まだグループに所属している人は少ないですが、これから大きくなっていくのではないかと思います。

「Star Trek」グループ(Facebook)
Facebookでのグループもある。

Star Trek Online
多人数同時参加型オンラインRPG(MMORPG)である。

Trek Passions
なぜこのようなWebサイトがあるのか不思議だが、Trek Passionsはオンラインデーティングサービスである。

TrekSpace
Ningをベースにしたソーシャルネットワーク

TrekUnited

このサイトのFacebookページやMySpaceアカウントがある。


今回はかなりあっさりとまとめてみました。
リンク集として使いたいと思います。

posted by やすお at 03:39 | Comment(0) | TrackBack(0) | ソーシャルメディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2009年05月02日

分かった!ソーシャルメディアが面白い理由

最近のWebサービスはソーシャル機能を付けるのが流行している。ソーシャル機能を付けたサービスで情報発信・共有するものをソーシャルメディアという。代表的なのは、SNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)やソーシャルブックマーク、ソーシャルニュースなどがある。ブログやミニブログ(マイクロブログ)なども広い意味でソーシャルメディアといわれる。どれも、サービス利用者が情報を発信し、それをユーザー間で共有することで、効率的に情報収集し、新たな情報価値を生み出す場となっている。

SNSの代表的なものとして、mixiやGREEというサービスがある。これらがなぜ会員を集められるのか不思議に思っていた。私自身、mixi以外にもFacebookやMySpaceなど複数のSNSを使っており、面白いと感じてはいるのだが、なぜ面白いのか説明できなかった。

これが、「ビジネス<勝負脳> (ベスト新書)」という本を読んで、理由が分かった。ちなみに、この本はソーシャルメディアについて調べようと思って読んだ本ではない。もっとがむしゃらにがんばる自分に変えたいと思って読んでみた。書評を書きたいくらいの良書ではあるが、今回は省略。機会があれば、別の記事で紹介しようと思う。

話を元に戻す。この本では、40年間にわたる脳神経外科としての著者の経験と脳の研究結果から、人が最高のパフォーマンスを出すにはどうすればよいかが書かれている。その中で、いくつか頭に残るフレーズがあった。

まず、「この世の中の構造や仕組みは、すべて人間の脳が考え出したもの」というフレーズ。そして、「脳が本能的に持っている欲求は3つしかない」こと。その3つとは「生きたい」「知りたい」「仲間になりたい」である。

ソーシャルメディアは人間が考え出したものである。そして、ソーシャルメディアは脳の「知りたい」「仲間になりたい」の2つを満たすものである。もうお分かりかと思うが、脳の3つの欲求のうち、2つを同時に満たすサービスがソーシャルメディアなのである。

例えば、ソーシャルブックマークのはてなブックマークであるWebページをブックマークしたとき、自分以外にも同じページをブックマークした人がいることに気がつく。その時、「自分以外にも同じことに興味を持つ人がいるんだ」とうれしく感じることがある。これは、脳の「仲間になりたい」という欲求をくすぐるものだ。さらに、自分と同じ興味を持つ人はきっと自分が欲しい情報を持っているに違いないと思うだろう。そうすると、その人がどのようなWebページをブックマークしているのか知りたくなる。まさに、脳の「知りたい」という欲求である。

そんなわけで、ソーシャルメディアは、脳がうれしく感じるサービスなので自然に人々に受け入れられるのである。なぜ受けるのか考える必要もなく、本能が欲しているのである。




posted by やすお at 16:27 | Comment(0) | TrackBack(1) | ソーシャルメディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする



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