2010年01月27日

自由を得ると束縛が欲しくなる


このブログでも何回か書きましたが、世の中のトレンドは循環しています。IT(コンピュータ)を例にして説明しましょう。ITのトレンドを見ると各スパンが短いので分かりやすいです。

まず、コンピュータが登場したときは非常に高価なものでした。ENIACといった弾道計算用に開発された機械が動いている時代です。とても個人が使うものではありません。コンピュータは複数の人が1台の機械を使うものでした。IBMが汎用コンピュータ(今ではレガシーとよばれているコンピュータ)が登場しても、1台のコンピュータはシェアする使い方が一般的でした。ホストコンピュータにあるプログラムをユーザーがログインして使うイメージです。

これが、パソコンの登場により1人1台の環境が生まれました。コンピュータを動かすプログラムは目の前にあるパソコンに保存されています。パソコンでWordやExcelを使う形態と言えば分かりやすいでしょうか。コンピュータが1台から複数台への時代です。

このパソコンだけで処理する時代は終わります。クライアント/サーバーという形態が登場します。ユーザーが使うプログラムの一部はサーバーに置かれることになります。分散していたプログラムがまた中央に戻ったイメージです。

この流れはさらに続きます。現在になるとクラウドの時代となります。プログラムもデータもすべてクラウドに配置されるようになります。パソコンはWebブラウザを起動するだけになります。この利用形態はコンピュータ黎明期(レガシーシステムがレガシーではなかった時代)と同じです。まさに「歴史は繰り返す」です。

■より自由を求めたのではなかったっけ?

コンピュータ技術の発展は、より使いやすくより自由なコンピューティング環境を目指していたはずです。実際には昔の技術を少し応用したようにしか見えない場所でぐるぐると回って改良されてきたようです。

インターネットの技術はどうでしょうか。明確に歴史が繰り返しているところはないのですが、自由を求めながら一方で束縛を求めるという奇妙な現象に気が付きました。

インターネットが登場したとき、地理的条件や時間の概念を超えて世界がつながると言われました。電子メールで時差をさほど気にせずに世界中の人とコミュニケーションできるようになったし、Webサイトで過去の情報を瞬時に取り出せるようにもなりました。ものすごく解放された感じがします。

そして、現在を見てみましょう。Twitterが流行しているのはご存じの通りです。このTwitterですが、自分のタイムラインを通して世界中の人と交流できるのが魅力です。しかし、Twitterはリアルタイム性が高く、リアルタイムという時間を共有している状態では、時間を超えたコミュニケーションとは言えません。

地理的条件を無視することはできますが、地理的条件も投稿できるサイトの登場により、ネットでもリアルな地理的条件が参照されることになります。携帯電話もからめると、携帯電話を持つユーザーがどこにいるのかを把握し、適切なサービスを提供するところも出てきます。こうなれば、ネットは地理的条件を超えることができると主張できるでしょうか。

リアルタイムWebを求めたのは、ユーザーがそれを面白い、便利と感じたからです。位置情報を取得しようとするのは、どこにいて何をしているか把握したいからです。もちろん全体的に見れば便利な方向に進化しているのですが、束縛される項目がなぜか増えています。逆にいうと、何か拘束条件を付けることで便利なサービスが登場するといったところでしょうか。

すいません、まとまってなくて。今のネットサービスが、何でも自由から一部を不自由にすることでトータルでは便利になっているような気がして、ブログにメモを残しました。

では、今回はここまで。

posted by やすお at 02:15 | Comment(0) | TrackBack(1) | オピニオン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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束縛がなさすぎるのはかえってつらい
Excerpt:  ネット雑記 〜3年後のネットが見えるかも〜の自由を得ると束縛が欲しくなるという記事では、コンピュータを例にして、世の中のトレンドは循環していることが説明されています。  この記事に書かれていること..
Weblog: エロケンの酔いどれ日記 〜へっぽこプログラマーのつれづれ日記〜
Tracked: 2010-01-27 21:52



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