2009年08月29日

数学はドラマだ−「ポアンカレ予想」を読んで


ひょんなことから「ポアンカレ予想―世紀の謎を掛けた数学者、解き明かした数学者」という本を手に入れました。私は根っからの理系なので、物理や数学の話は大好きなのです。おっと、そもそも「ポアンカレ予想」って何?という方も大勢いらっしゃるでしょう。競馬で勝ち馬を予想する方法でないことは確かです。数学の話なのです。

ポアンカレ予想をwikiで調べてみたところ、「単連結な3次元閉多様体は3次元球面S3に同相である。」とありました。意味不明ですね。しかも、これは3次元での話に限定したポアンカレ予想です。これをすべての次元を対象にしたのが「n次元ホモトピー球面はn次元球面に同相である」というものです。もっと分かりにくくなりましたね。実は私もよく分かりません。

具体的にイメージできるように3次元の世界を考えてみましょう。まず、ある物体の一点にロープの端を結びます。そのロープを物体の上を這わせます。どの場所を通っても構いません。そして、もう一方のヒモの端を出発した点に結びます。その状態で、ロープを手繰り寄せ、見事にロープを回収できたとしましょう。そうすると、そのロープを這わせた物体は球みたいなものであると言えるというのが、ポアンカレ予想です。

3次元だけでなく、4次元や5次元の物体にも同様に、物体の表面にロープを這わせて、無事に回収できれば、その物体は、4次元や5次元の球であると言えます。文字では4次元の球とさらりと書いてしまいますが、実際にはどのような球なんでしょうかね。想像力が乏しい私には想像できません。

なので、ここでは単純に考えましょう。ボールの1点にヒモを出し、くるくると巻きつけて、元の1点にひもを結ぶ。そして、ひもを1点に回収できることを証明すれば、ポアンカレ予想は予想ではなく、めでたく定理になることを証明できるわけです。イメージできましたか?

3次元のボールであれば、ひっかからずにできそうだと直感的に分かります。でも、それを数学的に証明するのが難しいんですね。なんと、ポアンカレ予想を解くのに100年かかってしまいました。それくらい難問だったわけです。最終的にはロシアの数学者であるグリゴリー・ペレルマンが証明したとされています。すごいですね。

■数学者の100年にわたるつながりが面白い

このポアンカレ予想を解くまでが、読んだ本「ポアンカレ予想」に書かれているわけですが、ものすごくドラマチックです。ある学者が解いたと宣言すれば、反例や説明不足を指摘され、論文を修正されれば、また反例を提示される。そんなことの繰り返しの100年だったわけです。そのドラマを一般向けに書いてあるわけです。まあ、一般向けといっても数学の専門用語がどんどん出てきて、私を含む知らない人にとっては、暗号が書かれているようにしか思えません。

でも、この本の楽しむべき部分は、数学のややこしいところを理解することではありません。あくまでも、100年の間にポアンカレ予想に挑んだ数学者たちの生きざまを楽しむべきなのです。数学の理論なんて二の次です。それだけ理解できれば、理科系が好きな人は楽しめる本だと思います。根っからの文系という人はどうでしょうかね。読み進めるのは難しいとは思いますが、理系の私より、かえって人間ドラマに着目できるかもしれません。

しかし、100年ですよ。100年。人間の一生を超えています。ということは、一人の学者の努力でポアンカレ予想を証明できたわけではないのですよ。たくさんの人が挑戦し、敗北し、その屍の上に乗りつつ、残ったのがたまたまグリゴリー・ペレルマンだったと言っていいかもしれません。人間の知がつながった100年だったと言ってもいいかもしれません。

■100年のつながりはSNSに通じる

この100年のつながりってSNSに似ているような気がしました。FacebookやmixiといったSNSは"距離"を超えて人と人がつながる場所です。この"距離"を"時間"に置き換えると、"時間"を超えて人と人がつながる場所となります。

これまで、比較的長い時間を超えてコミュニケーションするには、書籍などを通じて先人の知識を得るという方法が一般的でした。SNSに蓄積された知というのは、インターネット上に残ります。きっと100年は余裕で保存されるでしょう。その時、先人の知恵を得るのに、先輩の学者からさらにその先輩の学者、さらにその先輩の先輩に・・・と、どんどん過去にさかのぼれます。もし、ポアンカレ予想が現在に提示されていたとしたら、IT技術の発展もありますが、学者のネットワークを構築していくことで、研究内容をより交換しやすくなり、結果的に100年よりずっと短い時間でポアンカレ予想を証明できたかもしれません。

なんか、私の文章も難解になってきましたね。人と人がつながれば、その間に知識(情報)の蓄積が発生します。情報共有というのは、人と人が情報という糸でつながっている状態だと言えます。一人の人はさまざまな色の糸を持っています。ほしい情報を検索するときは、同じ色の糸を辿っていけば、関連する何かを知っている人に出会え、さらに糸をたどると別の人の意見を聞くことができ、やがて、自分が欲しい知識を効率よく収集できた状態になる、と思います。糸をたどった先の人が存命なのかどうかはあまり関係ありません。知の糸をどうたどって、目的の知識を獲得するかが問題になります。

「SNSが知識ベースになる」と思ってきました。言いかえると「SNSが知識を蓄積する場所になり、従来の検索よりもより柔軟に目的の情報を入手できるようになる」となるでしょうか。これを、やすおの予想とでも言っておきましょうか。−冗談です。

では、今回はここまで。
なにも情報がない割には長くなってしまって申し訳ありません。



posted by やすお at 02:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | オピニオン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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