2009年08月21日

少しだけマスメディアについて考えた−「2011年 新聞・テレビ消滅」を読んで


新聞、テレビ・・・これらは構造不況に遭遇しているマスメディアである。構造不況に陥ったのは、言うまでもなくインターネットの登場である。情報の流通を支配していたメディア企業が、インターネットの普及によりオープン化した。旧来のメディアは権力であったが、今では単なる情報提供者である。

読む人が読めば辛口な意見であるが、現実でもある。マスに対して絶対的な権力であったマスメディア。今ではその"マス"が存在しない多様化した世界になった。マスがないからマスメディアは機能しない。当たり前である。

佐々木俊尚氏の著書「2011年新聞・テレビ消滅」(文春新書)を読んで、"メディア"の役割が変わったのだと改めて感じた。私もメディアに携わる人間である。この本に書かれていることは理屈では分かっている。一方、認めたくないという感情も持っている。だが、米国での新聞社の凋落を見るまでもなく、マスメディアには構造改革が必要だ。

では、どう変わればいいのか。本書では、コンテンツプロバイダとして生き残るか、情報を流通させるプラットフォームになるか、そのどちらかであると説明している。私もこの主張に同意する。そして、コンテンツプロバイダに徹することが楽な道であるが、得られるものが小さくなることも分かる。ヤフーやグーグルのようにプラットフォームを提供する側になるのは、厳しい道であるが得られるものも大きい。まさに、ローリスク・ローリターンかハイリスク・ハイリターンかのどちらかを選択しろと言われているのに等しい。

個人的にはプラットフォームを提供する側になりたい。ただし、現在のメディア企業の経営者がこの案を受け入れられるかと言われたら、答えは明確にノーだろう。

人は変化を嫌う。しかもこれまでに築きあげてきたものが大きければ大きいほど、変化を嫌う。メディア企業がプラットフォームを提供する側になるというのは、自分を否定することにつながる。でも、やらなければメディア企業の未来はないだろう。

現在は、mixiやTwitter、Facebook、FriendFeedなど、ソーシャルメディアがインターネット上で情報を伝える役目で重要な位置にきている。口コミを発生させたり、情報をフィルタリングして必要な人に必要な情報を届けたりするのに現時点では最適なプラットフォームに育ってきた。

現在のマスメディアはこのソーシャルメディアを運営する企業に生まれ変わる必要があるのかもしれない。まあ、これは今の仕事を捨てよと言っているのに等しいので、実現は難しいのだが、これこそが、ハイリスク・ハイリターンの道なのだと思う。幸いなことに、マスメディアには良質なコンテンツを生みだす機能はある(と思う)。あとはそれを流通させる手段を持つだけである。

ちょうど衆議院選挙の時期である。民主党が政権を取るかもしれない変化の時である。マスメディアも変化してみてはいかがだろうか。

では、今回はここまで。



posted by やすお at 01:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | オピニオン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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