2010年07月28日

ジョハリの窓をネットコミュニケーションが変える(ポジティブ版)

まず、長い間更新をしないですいませんでした。単純の仕事が忙しかったからブログを書く時間が取れなかっただけです。書くことに対して情熱を失ったわけではありません。このご時世に仕事があるだけでも幸せなのかもしれません。でも、仕事しかない人生もまた空しいものです。こうして頭の中の別の部分を使ってブログを書くことは自分にとって息抜きでもあり、明日の仕事に結び付く準備でもあります。大切にしたいもののひとつでありながら1カ月以上も放置していたのは自分にとっても残念なことでした。

ということで、仕事はまだまだ忙しいのですが、7月に1本も記事を書かないのはどうしても我慢できなくて、無理やり書きたいと思います。明日はへろへろになっているかもしれませんが、まあなんとかなるでしょう。

さて、前置きが長くなってしまったのですが、さらに別の前置きを書きます。

私はネットと何か別の言葉を関連させてブログを書くのが好きです。ソーシャルメディアについて考察することが多いので、“人間とは”を考えることが多く、あまり詳しくはないのですが、心理学の用語とからめながら記事を書くことがあります。マズローの自己実現理論とからめた「ソーシャルメディアとマズローの自己実現理論」もそのような記事の代表です。

今回は、電車の中で、「自分って何だろう」「自分の正体は?」といったことを考えているうちに、“ジョハリの窓”にたどり着きました。ジョハリの窓とは自己を4つの部分にモデル化したものです。自己を「自分も他人も知っている自己」「自分は知らないが他人は知っている自己」「自分は知っているけれど他人は知らない自己」「自分も他人も知らない自己」に分割したものです。詳しくはWikipediaなどを参照してください。

■ネット上のコミュニケーションで戦争がなくなる?

疑問がひとつ出てきました。自分という人格はネット以前と比べて、どうなったのだろうか。変わったのだろうか、それとも変化はないのだろうかということです。

ソーシャルメディアの普及に伴い、自分の情報をネットに公開する機会が増えています。Twitterなどネット上で会話を交わすのも一部の人達のものではありません。携帯電話ユーザーほどではないですが一般に普及しつつあります。

で、ソーシャルメディア、分かりやすくいうと、mixiやTwitterといったサービスなのですが、そのサービスを使うときには自己紹介を書くと思います。長い自己紹介を書く人もいますし、一言で済ましている人もいます。ボリュームはさまざまですが、書く前に少しは自分について考えたはずです。大げさに言うと、自分自身についてよく知ろうと思っただろうし、今まで知らなかった自分に気が付いたかもしれません。そして、ネット上でさまざまなサービスを利用することで、自分のことを他人にも知ってもらえる状態になります。

これはジョハリの窓のいうところの自分と他人が知っている自分(明るい窓)が大きくなったと言えるのではないでしょうか。相対的に、自分は知っているが他人は知らない自分の窓(隠された窓)が小さくなると考えられます。さらに考えていくと、最終的には、自分も他人も知らない自分の窓(未知の窓)が小さくなっていきます。

これは誤った見解かもしれませんが、自分と他人が分かりあえた状態なのかなと思いました。ネットを利用することで、リアルに会える範囲を越えて、月並みな言い方ですが、地理的障壁を乗り越えて分かり合える仕組みができたのではないだろうかと想像します。

妄想していくと、世界中の人がネットでコミュニケーションをすれば、紛争などがなくなるといった結論を導き出せそうです。かなりポジティブシンキングであることは承知しています。まあ、そう教科書のようにいかないのが現実世界の面白さです。次回はネガティブな観点でも考察しようと思います。

こんなところで中途半端に終わるのは、後半を書いてしまうと長くなるからです。それ以外の理由としては、明日の仕事に備えて早く寝たいのです。

ということで、次回がいつになるかお約束できませんが、この続きは次回ということで、気長にお待ちくださいませ。

では、今日はこれで失礼します。

posted by やすお at 02:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | ソーシャルメディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする



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