2009年07月31日

F1ドライバーもTwitterを始めている(Twitterアカウントのリンク一覧付き)

Twitterに関して書いた以前の記事「Twitterなう」では、有名人がこれまでのTwitterの空気を変えたみたいなことを書きました。確かにその通りだと思いますが、広報のツールとしてTwitterが有効なのも事実です。上手に使えばソーシャルメディアらしいコミュニティを構築できるのではないかと思います。

さて、私はモータースポーツが好きです。特にF1が大好きで、サーキットに何度か足を運んだこともありますし、テレビ中継も毎レースほぼ欠かさずに見ています。

F1などモータースポーツに関わる人もTwitterに興味を持っているようです。本当かどうか分かりませんが、ルノーのドライバーをしているネルソン・ピケJrがTwitterを始め、他のドライバーにTwitterを勧めているようです(参考記事:ハンガロリンクのパドック・ライフ)。ネルソン・ピケからルーベンス・バリチェロに広まり、バリチェロのチームメイトであるジェンソン・バトンもTwitterアカウントを持つようになりました。ちなみに、ジェンソン・バトンは恋人である道端ジェシカさんのTwitterのタイムラインをフォローしています。

どのアカウントが本物なのか不明なものもありますが、2009年7月31日時点で、ネルソン・ピケJrとダニカ・パトリックのページには「認証済みアカウント」のマークが付いていますので本物です。その他はマークこそ付いてませんが、一部は本物なのだろうと期待したいところです。


かなり偏ったリストですがご容赦ください。機会があればアップデートしようと思います。

では、今回はここまで。

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2009年07月30日

紙からインターネットへ、インターネットから紙へ

今回の記事は単なるメモです。忘れないように残しておくだけです。あまり参考になるようなことは書いてないかもしれません。すいません。

新聞や雑誌は紙を物理的なメディアとして利用しています。今さら言うことでもないですが、紙に印刷されている文字や写真といった情報はどんどんWebページというものに置き換えられつつあります。

紙はなくなるのだろうか。紙には読みやすさと持ち運びのしやすさなどさまざまな利点があります。だから単純に紙はなくならないと言うつもりはありません。Webページには紙にない速報性や検索性、版型を決めなくてもよい自由なレイアウト、動画を扱える、インタラクティブである−たくさんの利点があります。

この両者のいいとこ取りができないかなと思ったわけです。

紙の利点は、情報を表示するデバイスの進化によって、いつか現在の紙を超える時がくるかもしれません。

一方、紙はWebの利点を少しは取り込めるようになるかもしれません。といっても、紙で速報性を追求したり動画を扱ったりは無理がありそうです。

Webページの利点で活用できそうなのは、版型を決めなくていい自由なレイアウトくらいでしょうか。Webページの縦スクロールでどこまでも長いコンテンツを閲覧できるところを紙で真似できないでしょうか。

ということで、思いついたのが絵巻物です。長いコンテンツを長さ(ページ数)を決めずにパッケージとして提供できます。持ち運びには困らないでしょう。収納効率が悪くなる可能性はありますけれど。

と、こんな感じで、紙も使い方次第でインターネットに対抗できるのではないかと思ったわけです。解決策が絵巻物になるかどうかは、かなりあやしいです。

では、今回はここまで。

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2009年07月29日

Twitterなう

このブログでは何度かTwitterについて書いています。Twitterとはつぶやきを投稿し共有するサービスです。こんな1行解説は山のように書かれているので、何をいまさらと思うでしょう。ただし、1つのサービスが持っている機能と、それを使って実現できる世界は異なります。Twitterはつぶやく場を提供しているだけではありません。うまく言えないのですが、時間とか情報とか気持ちとか、いろんなものを共有する場所なのです。具体的にイメージできないかもしれませんが、だからこそ、たくさんの人が「Twitterとは」についてブログを書いたりするのでしょう。

私もこの前(2009年7月8日)の「ゆるーくTwitterの話でもしてみます(第2回)」では、メジャーに昇格したサービスとしてTwitterを紹介しています。Twitterとは日常生活そのものをWebサービス化したものだと書いています。たまり場とも表現しました。自分と同じような価値観の人をフォローすることで、自分にとって居心地がいい空間を自分自身で構築していけます。上品にいえば、社交場でしょうか。でも、そんな堅苦しいイメージはTwitterには似合いません。上下関係もなければ男性女性の区別もさほど気になりません(私だけかもしれませんが)。やはり、対等な関係でいられる人が集まれるたまり場と表現するのが最適かもしれません。


■最近は居心地が悪いと感じるようになってきた

居心地がいいたまり場であったTwitterですが、最近はあまり居心地がよくありません。良くないと言うと言い過ぎになってしまうのですが、何か不自然な感じ、空気が変わった感じがするのです。偶然ですが、私のTwitterフレンドも同じことを感じている人が何人かいらっしゃいます。

うまく表現しないと個人攻撃と受け取られる危険があるのですが、Twitterユーザー同士の関係が対等ではなくなってきている感じがするのです。分かりにくく(笑)言うと、これまでN対Nの関係でいられるサービスだったのに、1対Nの関係ができつつあるといった感じです。情報の発信者と受信者は対等だったのに、その関係が崩れつつあるように思えるのです。

もう少し具体的に書いちゃいましょう。Twitterにいわゆる有名人という立場の方が参加されるようになりました。自発的にTwitterを使い始めた人もいらっしゃいますし、マーケティングツールとしてTwitterを利用している人もいます。この有名人が曲者なのです。有名人の方は多くのフォロワーを獲得します。すると、有名人とフォロワーの間は1対Nの関係になってしまいます。これはソーシャルメディアでの人と人の関係ではありません。むしろマスメディアにおける情報発信者と受信者の関係に近くなります。


■マスメディアになるなTwitter

個人的には、ソーシャルメディアはマスメディアを否定した存在だと思います。大きく考えれば、テレビなどのマスメディアとTwitterやmixiといったソーシャルメディアも同じメディアです。ソーシャルメディアがマスメディアと異なるのは、情報の流通が一方通行ではないことと、情報を受信する対象者が限定されること、この2点だと思います。

双方向であるからこそ、情報の発信者と受信者が対等な関係を構築することができるようになったと思うし、情報を受信する対象者が限定されるからこそ、必要な人に必要な情報を届けることができ、コミュニケーションの質を高められるようになったと思います。また、双方向と情報取扱者がターゲッティングされることで、付加価値を付けながら情報を流通させることができると思うのです。

抽象的な話になってしまいましたが、ソーシャルメディアはあくまでもメディアでありコミュニケーションのツールなのです。これまで、メディアというと主にマスメディアを指していました。マスメディアはメディア企業とオーディエンスとのリレーションを構築する役割を持っています。企業などで、一般大衆に向けた広報活動であるPR(Public Relations)や投資家向けの情報提供であるIR(Investor Relations)といった活動も一種のマスメディアかもしれません。

繰り返しになりますが、これらは1対Nの関係における情報発信です。Twitterでは、つぶやきを投稿するユーザーから見れば1対Nのリレーションではあります。ところが、ふと自分のタイムラインを見ると、大勢の人が大勢と会話しているように見える場合があります。これこそ、ユーザー間のつながりを持ちつつ、多くの人に情報発信ができるサービスの強みであり、Twitterのマスメディアにはない独創性の部分だと思うのです。

だんだん難しくなってきました。もしかしたら、みなさんを混乱させてしまっただけかもしれません。すいません。

なんだかんだ言いながら、Twitterではどの情報を受け取るかはユーザーが決められます。居心地が悪いと感じるのであれば、原因となっているユーザーをフォローしなければいいだけなんです。それでもフォローし続けるというのは、何か面白いことが起こるかもしれないという偶然に期待しているからです。ぶっちゃけ、野次馬根性ですね。

なんだ!結局、楽しんでいるんじゃん。ならOK。

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2009年07月25日

iGoogleがデザイン変更、Android携帯と相性が良さそう

みなさんはWebブラウザを開いたときに表示されるWebサイトをどこに設定していますか。パソコンを購入したときのままでしょうか。そんな人は多いと思いますが、私はグーグルのサービスで、iGoogleというパーソナライズホームページを設定しています。Yahoo!やGoogleはインターネットの玄関という意味で、ポータルサイトと呼ばれています。パーソナライズホームページは、自分専用のポータルサイトと考えてください。

かなり細かい話になりますが、iGoogleの画面が少し変更になりました。英語版のレイアウトが日本語版にも反映されたのです。旧バージョンとの違いは、異なる画面を切り替えるタブが上にあったのが左側に移動しました。実は、それだけだったりします。まあ、それくらいなのですが、用途ごとに複数のページを設定している人にとって、各コンテンツに移動しやすくなり、便利なったと思います。

私は、仕事に使うToDoリストやカレンダー、Gmail、用語を調べるときの検索窓などをホームタブに設定し、ニュースのRSSや写真の投稿サイトなどは別のタブにして管理しています。仕事中はホームタブを表示させ、自宅ではニュースや写真のサイトにアクセスしやすくしています。このように、たくさんのサービスをiGoogleに登録している人にとって、今回の更新で使いやすくなったのではないかと思います。


■これって、スマートフォンと相性がいいのではないだろうか

今回の画面更新とあまり関係ないのですが、iGoogleってスマートフォンと相性がいいのではないかと思い始めました。iGoogleでは1枚のページにたくさんのウィジェット(ガジェットとも呼ぶ)を設定できます。ウィジェット(ガジェット)とは、Webサイトのエッセンスをギューっと絞ったものと考えてください。iGoogleにはパソコン向けに提供されている本サイトの機能を小さな画面でできるだけ使えるようにしたものが詰まっているわけです。

そのウィジェット(ガジェット)は、スマートフォンの画面に表示するのにちょうどいいサイズではないかと思います。iGoogleのウィジェットにはURLを指定して、Webサイトそのものをウィジェット化できます。このURLにはモバイル向けサイトのURLを指定することもできます。iGoogleを使う上でのTIPSとしてよく紹介されています。モバイル機器向けの画面は、小さな画面で多くの機能を使いやすく実装するためのノウハウがつまっています。これが、ウィジェットと相性が良いわけです。

HT-03AのようなAndroid携帯は、モバイル環境でグーグルのサービスを使いやすくするように設計されています。ということは、iGoogleをAndroid携帯の待ち受け画面にすると、よりグーグル携帯が使いやすくなるのかなと思ったわけです。新しいiGoogleのインタフェースはウィジェットへのアクセスをより簡易にします。スマートフォンにぴったりのインタフェースだと思うのですが、いかがでしょうか。

それにしても、最近はiPhoneよりもグーグル携帯(HT-03A)が欲しくなってきた。マルチタスクができるところなんかiPhoneよりも先進的な気がするんだけどなあ。まあ、携帯電話って、先進的だからいいというものでもないので難しいのですけどね。

では、今回はここまで。
よい週末をお過ごしください。

2009年07月24日

報われない仕事

別の記事を書いていたが、あまりにも長くなったので、ダイジェスト版を改めて書くことにした。自分の背景をはしょってしまうと、単なる愚痴になってしまう可能性が高いのだが、思い切って自分が感じていることを書いてみたいと思う。

では、いきます。

経済状態が悪いと世の中がギスギスしてしまう。特に、成果を出し続けないと給料が下がってしまうビジネスパーソンにとって、悪い中でもどれだけ会社に貢献したのかが問われる。いわゆる成果主義の世の中といってもいいのだろう。何をもっと成果と定義するのか、それはそれで難しい話しなのだが、ざっくりと書いてしまうと、売り上げに貢献したら成果があったと認められるケースがほとんどだろう。逆に、売り上げに貢献しない仕事は成果として認められないことが多い。

さて、この売り上げであるが、新しいビジネスを起こして新しい売り上げを生みだしたとしたら、それはほぼ文句なしに成果といえるだろう。そして、一方、これまでの売り上げを維持するための仕事、例えば、既存サービスを止めずに確実に事業を継続させるオペレーションすることなどだ。オペレーションの工夫で、売り上げを伸ばすことは可能であるが、営業職でもない限り、営業スキルや営業体制、経済状況によって売り上げが変わる。サービスを提供しているかぎり、仕事の内容は変わらないのだが、担当者の成果は、自分以外の外的要因に左右される。特に、この経済状況では売上が伸びている状態にある人は少ないのではないだろうか。その場合、会社から見れば、売り上げに貢献していない仕事をしていると判断されるだろう。

愚痴になってきた。しかも長くなってきているし。さらに、はしょるか。

新しいプロジェクトが立ち上がり、新しい売り上げが発生する。そして、売り上げを計上し続けるためのオペレーションが始まる。オペレーションの仕事は新しいプロジェクトを支えるために必要な仕事だったはず。売り上げを継続的に計上するための重要な仕事のはずだ。だが、新しいプロジェクトはいつも注目を集めるのに対し、既存サービスのオペレーションは徐々に重要な仕事ではなくなる。経済状態が悪化して、売り上げが伸びなくなってくると責任を取らされる、加えて、カスタマーサービスまで考慮すると、サービスの品質を保つための仕事は売り上げの増減とは関係なく必要なものである。

手間だけかかって会社に貢献できない仕事。そんな感じになってしまう場合がある。未来の売り上げのためにコストを使う新規プロジェクトと、きっちりと売り上げと利益を確保する既存サービス。どう考えても後者の方が会社に対する貢献度は高いはず。しかし、実際は前者の方の仕事に携わった人の方が評価は高くなる。

と、こんなことを考えていると仕事のモチベーションが上がらなくなるわけですよ。しかも、既存サービスのマーケティングに携わっているのなら、なんとか売り上げを伸ばす方向で努力することができる。一方、既存サービス(特にWebで提供するサービス)を支える技術者は、サーバーのメンテナンスから小口開発までたくさんの仕事がある。サーバーのメンテナンスなんて、ただコストがかかるだけで売り上げを増やす仕事にはならない。でも、だれかがやらなくちゃならない仕事ではある。コストをできるだけ下げるために知恵を絞っても、売り上げに貢献することはない。どんなにコストを下げてもコストはコストだからだ。そして、売り上げに貢献していないという理由で、担当者の評価は上がらない。

どうすればモチベーションが上がるのだろうか。世の中にはモチベーションを上げるためのビジネス書などが多く出版されている。そんなビジネス書は売り上げに貢献できる仕事の範囲しか書いていない。必要だけど評価の対象にならない仕事をメインにしている人がモチベーションを上げる方法は紹介されていないと思う。

完全な愚痴になってしまった。この経済状況でもがんばって仕事をしている人はたくさんいる。派手な仕事をする人もいれば、縁の下の力持ちになって静かに売り上げをキープしている人もいる。誰もが平等に評価されるべきなのに、どうしても人間というものは派手な方がスゴイと感じてしまうようだ。

解決策はあるかい?
タグ:仕事


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2009年07月23日

インターネットを使えない選挙活動?笑っちゃうよね

インターネットが存在しない時代に制定された公職選挙法を拡大解釈すると、選挙活動中のWebサイトの更新は違法になるという。決められた種類の文書図画(ビラなど)を決められた枚数だけ頒布できる。Webサイトも文書図画にあたるので、公職選挙法で定められた制限を受けるというのが、分かったような分からない決まりである。

最近、話題になっているのは、ミニブログサービスのTwitterでのつぶやきも公職選挙法に抵触する可能性があるという判断がされそうなことだ。どこまで解釈を広げればいいんだよ。そのうち、候補者は電子メールも禁止されそうな勢いだ。特定の個人にあてたメールはいいけど、CCやBCCにはどんなメールアドレスも指定してはならないとか(笑)。ホリエモン事件のときに、偽造メールで混乱した政治である。冗談抜きにメール禁止はありえる(笑)。

法律なんて改正すればいいと思うけどね。インターネット時代に対応した選挙活動ってあると思うんだよね。そもそも、候補者のWebサイトを訪問する人なんて、候補者の政策などを知った上で投票しないと気が済まない真面目な人か、ライバル陣営が敵情視察をするくらいのものだと思う。

問題だと思うのは、候補者が何を考えているのかを知りたくてWebサイトを閲覧したり、Twitterでフォローしている人が持つ"知る権利"を、現行の公職選挙法は侵害しているのではないかということ。政策なんか公示前にアップしとけよということなのかもしれない。そのような意見もごもっともだが、インターネットという双方向のメディアを使うことで、候補者は自分の考えを知らしめ、選挙権を持っている人は疑問に思っていることを問い合わせることができる。

自分たちの代わりに政治をする代議士を選ぶ選挙である。自分の意見と似ている人を探すのに、ネットを活用できないのはいかがなものだろうか。若い人はインターネットを特殊な空間だと認識していない。インターネットで選挙活動ができないのは若い人からみるとさぞかし滑稽だろう。当然、そんなつまらない法律にしばられる政治を見て、あきれて投票に行かない人だって多いだろう。

「うるさい選挙カーはよく通るけど、名前しか叫んでないから、何をする人なのか分からない」「誰を選んでいいのか分からない」といった声をよく聞く。これは、せっかく国民が政治に興味を持つ公示期間中に、候補者がプレゼンをする機会を奪われているからではないかと思う。伝える手段を制限されているから伝わらない。当たり前だよね。これで、テレビ広告で選挙に行きましょうなんて言ってるんだから、お金の無駄使いもいいところだ。知らない人に国の将来を任せる選挙なんて行きたくないと思うのは常識人であれば当然だろう。

だんだん、何を言っているのか分からなくなってきた。結局、ネットを使った選挙活動を認めなさいという、改めて言うのがはずかしくなるほどのまっとうな意見を述べさせてもらいます。

政治に常識がないから国民が興味を持たないんだと思う。政治家(官僚かな?)の方は少しくらい国民の声を聞いてくださいな。結構、私たちは良識を持ってますよ。

ということで、今回はここまで。

◎参考


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2009年07月18日

デジタルイミグラントのコミュニケーション方法は飲み会が基本だぜ!

昨夜書こうと思っていた記事です。昨晩は暑気払いという名目の飲み会がありました。まあ、このご時世、眉間にしわを寄せて長時間残業をするのもいいのですが、たまには緊張の糸をほぐさないと疲れてしまいます。そんなガス抜きの意味の飲み会でした。参加者は会社の部署の人です。

仕事中は当然のことながら仕事の話題になるのですが、飲み会では仕事の話もありますが、仕事以外のバカ話がメインになります。高速代が1000円になるのは迷惑だ、など社会的なネタからボーイズトーク(エロ話)といった下ネタまで、お酒の力を借りて騒ぐのはいかがなものかとも思うけど、ストレス発散するためなんだから、いーんです(川平慈英風に)。

そんなわけで、上司や後輩と楽しく過ごしたわけです。


■デジタルネイティブのガス抜きってどうやるんだろう?

ふと疑問に思いました。主にネットでつながるデジタルネイティブたちはどのようにストレスを発散するのだろうかと。ネットで飲み会みたいなことをするのだろうか。チャットしながらお互いの部屋で飲んでいるとか、バーで一人飲みながらFacebookにアクセスするとか。

想像できない。何と表現していいか分からないけれど、リアルに顔を合わせてお酒を飲む空間は何か特殊なものを感じます。表現はおかしいけれど、音楽のジャムセッションのようなものだと思う。お互いの酒量や顔の赤さ具合、声の大きさを見ながら、どこに行くか分からない話題をフォローしつつ、自分も会話に参加する。そんなやり取りがジャムセッションのようである。そのセッションがうまくいくと盛り上がり、リラックスしながらも高揚感を得ることができる。それが楽しい飲み会というものである。

そんなリアルタイムのジャムセッションをネット経由でできるのだろうか。そもそも、そんなセッションなんか不要で、ネットならではのもっといいストレス発散方法があるのかもしれない。そのあたりは私には分からないが、デジタル移民の私には飲み会のような経験ができる場所はネットにはないと思う。

それは不幸なのか幸せなのかは分からないし、何が正しいというわけでもない。なんかこう、ボーダレスとかワールドワイドでとか言ってると格好いいけれど、もっと身近にコミュニケーションする/しなければならない人もいるのではないかと思うわけです。毎日一緒に仕事をしている仲間であっても、飲み会でしか言えないことがあります。顔を毎日合わせていてもそんな調子だ。ネットだけでつながっている人との関係だと、飲み会でしか話せないことはまったく伝えられないことになる。まあ、ネットでしかつながっていないからこそ、大胆に話せることもあるだろうけれど、それを特殊と思わないのがデジタルネイティブ世代なのでしょうか。

ということで、昨晩は久しぶりにリラックスした気分でお酒を楽しめました。こんな私でも、部署の飲み会は緊張してなかなか楽しめないのですが、昨晩はなぜか変な力を入れずに済みました。後輩が私に気を使っていたのかもしれません。

と、いろいろ書きながら、そういえばTwitterとかmixiとかでオフ会とかやったりするなあ。やっぱりネットでのつながりもリアルを求めているということかもしれません。

では、今回はここまで。よい週末をお過ごしください。

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2009年07月16日

最近はグーグルの話ばかり書いているなあ

この1週間を振り返ると、Chrome OSとAndroid携帯といったグーグルの記事ばかり書いていました。あまり特定の企業ばかり紹介するのはあまりしたくないのですが、タイミングみたいなものもあって、グーグル話が続いてしまいました。

本当はもっと書きたいことはあるんです。例えば、マイクロソフトが発表した新しいOffice。Google DocsやZoho Officeに対抗するために、Webブラウザで使えるOfficeを出してきました。しかも無料で使えるようです。いよいよクラウド・コンピューティングの時代に突入かと感じさせるニュースです。

他には、Twitterが日本でもさらに盛り上がっていきそうなので、Twitter研究をもっとしてみたいし。日本ではなかなか認知されないFacebookがTOBをしかけられるなど、ソーシャルメディア界隈の話題は尽きることがありません。

そんなわけで、今日はFacebookで遊んでいたら、チャットで話しかけられたりしてすっかりブログを書く時間がなくなってしまいました。さすがに英語でチャットをするのは慣れないので疲れます。翻訳ツールなんかも使うので時間がかかってしまうし。しかも、相手は私の英語のスキルに配慮しないでどんどんメッセージを送ってくるし。

まあ、これがFacebookの醍醐味でもあるわけですけれど。もっと英語で流暢にコミュニケーションできればなあと思います。慣れてしまえば、通常の会話よりもテキストチャットの方が翻訳ツールなどを使えるので簡単かもしれません。

とにかく、デジタルネイティブの時代は国境なんか関係ない時代になるんだろうなと思いました。グーグルが翻訳ツールを提供しているのは、地球上の知識を特定の言語を話す人の間で流通させるのではなく、言語の壁を越えて提供するのが目的です。グーグルがどこまで考えていたのか分かりませんが、コミュニケーションにおける翻訳機能はさらに重要な位置になると思います。

コミュニケーションにおける翻訳機能、モバイルにおける位置情報処理機能――これらが本当に使われるようになる日がそう遠くない未来にくるかもしれません。もう来ているという話もありますが。

今日のところは、さらりと意味不明な話題を振っておいて終わりにします。これからどうふくらませていくかは決めていません。いつかどこかで紹介する機会がくるかもしれませんし、こないかもしれません。なんかぐだぐだとひっぱってしまってすいません。

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2009年07月15日

グーグル携帯入門−グーグルをよく知らない人にささげる

前回の記事「気になるAndroid携帯」では、感情に任せていろいろ書いてしまった。おかげで、HT-03Aが気になっているのは伝わったと思っている。でも、それ以上の情報がない。そもそもグーグル携帯の意義はなんだったのか、HT-03Aってどういう携帯電話なのか、といった基本的なことは何も触れなかった。今回はタイトルの通りグーグル携帯について思っていることを書いてみる。あくまでも主観的な意見なのだが、そもそもグーグルなどを知らない人向けに、いろいろ紹介しようと思う。

まず、グーグル携帯(HT-03A)の機能を説明した動画を紹介しよう。グーグルが制作したもので、ダイジェスト動画以外にも個別の機能を解説した動画もあるので、興味がある人は見ておいた方がいい。何ができるのか、グーグルのサービスにはどんなものがあるのかが分かる。



さて、グーグルはWebサービスの企業としてはとてつもなく巨大である。特にインターネットの検索分野では圧倒的な強さを持っている。ただし、これはワールドワイドでの話であって、日本国内では少し事情が異なる。日本では検索分野はヤフーが強く、グーグルはその次である。ヤフーは知っているけど、グーグルって何?と思っている人もいるだろう。

そんな日本国内では得体のしれない企業が、NTTドコモという日本の携帯電話キャリアのジャイアントからスマートフォンを出すのである。テレビCMも流れるほどになっている。けれども、グーグルまたはGoogleという割には、HT-03Aの製造元はHTC社であり、グーグルとは関係がない。なんだか訳が分からなくなってくる。

グーグルとNTTドコモとHTC社、その関係はパソコンに例えると少し理解できるかもしれない。例えば、NECのパソコンがあるとしよう。そのパソコンには、マイクロソフトのWindowsというOSがインストールされている。そして、ハードウエアを製造するのはNECで、販売するのはヤマダ電機だったとする。

OSを提供しているマイクロソフトにあたるのがグーグルで、パソコンを製造するNECがHTC社にあたる。そして、少し違うけれども販売をするヤマダ電機がNTTドコモにあたると考えていい。厳密には、NECが製造したパソコンをヤマダ電機ブランドで販売すれば、NTTドコモにあたるのだが、現実はそうでないので正確ではないが。

ということで、パソコンとHT-03Aの構成は似ている。まさにパソコンがそのまま携帯電話に進化したかのようだ。少し分かりにくい話しをしてしまうと、通信機能やGPS機能を持ったパソコンに進化したといえる。さらりと書いてしまったが、グーグル携帯とは、インターネットと連携する携帯電話であり、携帯電話であるがゆえに位置情報を有効活用して新しいモバイルサービスを提供するためのプラットフォームになっているともいえる。

日本の携帯電話もかなり高機能になっているのだが、パソコンやWebサービスとの連携はまだ弱い。まだ携帯電話というハードウエアの中で閉じた機能しか使われていないという印象を持ってしまう。あくまでもグーグル携帯と比べたときの印象ではあるが、これまでの携帯電話はまだ"携帯電話"という閉じたパッケージの中でしか進化してきていない。

グーグル携帯は、インターネットサービスのフロントエンドとして使われることになる。つまり、携帯電話は通信機能と表示機能、ユーザーインタフェースを提供する道具として存在する。そして、広い意味での携帯電話の機能はインターネットというクラウドの中にあるものを利用することになる。例えばメール機能。通常の携帯電話では、メールは本体に届く。携帯電話が壊れたらメールも失ってしまう。これが、グーグル携帯では、メール機能はWebサービスとしてパソコン向けにも提供されている「Gmail」を使うことになる。Webメールなので、メール本体はグーグル携帯本体には届かない。メール本文を読むときは、インターネットにあるGmailのサーバーにあるデータを表示することになる。グーグル携帯本体が壊れた時も、データはインターネット上にあるので、メールを失うこともない。携帯電話だけでなくパソコンでも同じメールを読み書きできる。これは、メール機能がインターネットで提供されているからできるわけだ。

こんな感じで、グーグル携帯はモバイル環境でWebサービスを使うための機器として使われるのだ。これまでの携帯電話と使い方が異なる。このようなユーザー体験が受け入れらるかは現時点では微妙なところ。個人的には、データはパソコンや携帯電話などで分散して保存するのではなく、クラウドなどにまとめて管理されていた方が便利だと思っている。いつかはグーグル携帯が目指す世界になっていくのではないかなと思っている。

* * *

HT-03Aを購入したわけでもないのに、だらだらと無駄に長く書いてしまった。しかしこれでもまだ書き足らない。iPhoneとの違いを気にしている人もいるだろう。そのあたりも含めて、いつか続きを書いてみたい。

では、今回はここで失礼します。
続きにご期待ください。

2009年07月14日

気になるAndroid携帯

iPhone 3GS騒動がおさまったからというわけではないが、今度はAndroid携帯が気になってきた。ちょうどNTTドコモから「HT-03A」が発売されたばかり。日本国内で初めてのAndroid携帯ということもあって、iPhoneほどではないが話題になっている。

すでに近くのヤマダ電機でモックアップを触ってきて、手におさまる感じはiPhone以上であることを確認。想像以上に、"電話"としても使えそうだ。実機を触れなかったのは残念だし、価格も表示していなかったので実売価格なども分からないけれど、どうやら2万円台後半で購入できるようだ。携帯電話の価格として高いわけではない。グーグルのサービスを快適に使えるのなら安いといってもいいかもしれない。

さて、個人的な事情になるが、私はNTTドコモの携帯電話を長年使っている。なので、HT-03Aに機種変更するのはかなり現実的な話だ。iPhoneの購入は私の妻のOKが出なかったのであきらめたが、HT-03AはNTTドコモなので障壁は低い。しかも、妻の携帯電話は壊れかけており、現在の機種を購入してから2年以上経過しているので、妻の携帯も買い替えの時期にきている。もちろん、私の携帯電話も2年以上前に妻と同じ日に購入したものなので、現状に不満はないものの、新機種に買い替えてもおかしくない状態にある。

いけるか!これは!

問題はHT-03Aがスマートフォンであることだ。なにしろ、「iPhone欲しいんだけど」と言った時は、「iPhoneを触る時間があるんだったら、犬でもなでてなさい」と言い放ったくらいのスマートフォン嫌いである。いや、単に時間があればiPhoneを触っている私がいけないのかもしれない。まあ、そのあたり不安要素はあるので、そう簡単ではないのがつらい。


■HTC Heroって何?おいしいの?


いろいろ調べているうちに、htcスマートフォンユーザーのための情報共有サイト「htc Fan Site」に辿りついた。そこで衝撃的な記事を見つけてしまった。なんと、Androidの新機種がヨーロッパで発表されているではないか(htcが3機種目のAndroid端末「htc Hero」を発表!)。「HTC Hero」という製品なのだが、NTTドコモのHT-03Aの後継機種にあたる。外形はほとんど変わっていないが、メモリーが増えていたり、カメラの画素数が増えていたりする。ユーザーインタフェースもHTC仕様になっているようだ。

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驚いたのは入手可能時期。ヨーロッパでは2009年7月になっている。そして、2009年夏の終わりにはアジアで入手可能になる。アジアって、日本を含むよね。ってことは、NTTドコモからも9月くらいにHTC Heroが出てくると考えてもいいのかなと。まあ、少しくらいは遅れるだろうから、11月くらいには入手可能になっているのではないかと。まあ、いろいろ想像してしまうのである。

どうしよう。HTC Heroを待つべきだろうか。それとも、HT-03Aを買うべきだろうか。悩むところである。そう、悩ましいのは、今使っている携帯電話に不満がないことである。SH903iを使っているのであるが、電池パックも交換したばかりで、新品同様の使い勝手になっている。

ブログなどを読んでいると、HT-03Aの日本語入力には慣れが必要みたいなことが書かれていて、SH903iの日本語入力に慣れている私にとっては、不安材料でもある。それでもグーグル携帯の世界に飛び込んでいくべきか。もちろん、何か新しい世界にチャレンジすべきだろうと自分には言い聞かせている。Android携帯はチャレンジするには格好の相手だ。やはりここは妻を説得すべきだろうか。悩ましい。

そして、HTC Heroの存在が余計に悩ましくさせる。ああ、この製品の存在を知らなければ全力で説得工作に出るのだが、知ってしまった以上、Heroまで待とうという感情も自分の中に生まれてくる。

どうしたらいいんだ。NTTドコモからHeroが出る保証もない。そんな状態でHeroを待つ理由はあるのだろうか。いや、HT-03AでHTC社はNTTドコモ仕様の経験値を上げたに違いない。もしかすると、Heroではiモードが使えるようになっているかもしれない。そうなれば、今のHT-03Aの不満点も解消される。うーん。うーん。悩みながら時間だけが過ぎていく。

誰か、優柔不断な私の背中を押してください。そして、妻を説得するいい方法も教えてください。

では、悩みながら、今回はここまで。

2009年07月11日

GoogleのChrome OSはWindowsを殺すのか(2)

一応、今回は前回の記事「GoogleのChrome OSはWindowsを殺すのか(1)」の続きであるが、週末なので軽めに書く。

前回、IT産業の歴史の中で、盟主が変わるかもしれないということを書いた。今回は、もしかすると逆のことを書いてしまうかもしれない。いや、小さな流れは前回の通りであるが、もっと長い目でみると、面白いことが起こるかもしれない。


■マイクロソフトによる帝国の逆襲はあるか

今後主流になるといわれている、データやアプリケーションがインターネット上に存在するクラウド・コンピューティングの世界では、グーグルが持っている技術やアイデアが強いと思われている。これまでの勢いを考えると、グーグルは勢いを保ったままパソコン用OSでもシェアを取っていくように錯覚する。Chrome OSに関する報道を見ていると、そう思ってしまうのも仕方がない。

しかし、ものはOSである。シンプルをウリにするグーグルなので、最初にリリースするものは軽くて分かりやすくて、使いやすいものになるだろう。問題はその後である。OSの機能として、さまざまなアプリケーションを加えていくことで、どんどん重くなり、使い勝手が悪くなるというのは、マイクロソフトが辿った道だ。グーグルもその道を知らないうちに辿ってしまうかもしれない。それが心配なのだ。

私は、クラウド・コンピューティング時代にふさわしいパソコンというものがあり、それは現在のパソコンとは異なるものになると思っている。その、クラウド時代にふさわしいパソコンを開発できる会社の1つがグーグルだと思っている。

ユーザーはわがままである。シンプルなOSを望むと同時に、多機能なOSも望んでいる。相反するものをどうバランスさせるか、これはグーグルのお手並み拝見といったところか。で、このユーザーにわがままに一番向き合った経験があるのがマイクロソフトなのではないだろうかとも思っている。マイクロソフトがユーザー対応に成功しているとは思えないが、グーグルと比べると一日の長はあると思う。

なんだかんだ言いながら、OSの機能やユーザーインタフェースなどを比較するようになったら、マイクロソフトも復活するのではないかと考えられる。その時、グーグルはどのような手を打ってくるのかも楽しみではあるが。

軽くといいつつ、なかなか軽く書けないし、結局中身がない記事になってしまって申し訳ない。Webだけだったはずのグーグルがいつのまにかマイクロソフトの領域に入ってきており、しかもグーグルの勢いが衰えることもないので、このままどうなるのだろうと気になっていろいろ考えてしまいました。

では、中途半端ですが今回はここまで。
おそらく、このテーマは別の形で続きを書くことになると思います。

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2009年07月09日

GoogleのChrome OSはWindowsを殺すのか(1)

ついに、Googleが動き出した。コンピュータの歴史において、私たちは新たな波が到来することを目撃するかもしれない。グーグルがパソコン用OSの「Chrome OS」を発表したのだ。

最初にコンピュータの天下統一を成し遂げたIBM。Windowsなどダウンサイジングという武器でIBMから盟主の座を奪ったマイクロソフト。そして、今度はグーグルがコンピュータの世界の戦いをインターネットという場所に移し、政権交代を狙っている。

その予兆は昨年からあった。2008年9月に、グーグルはWebブラウザの「Google Chrome」を発表している。そして、そのタイミングで私も記事「グーグルの新Webブラウザ「Chrome」の本当の狙いとは」を書き、これから何が起こるかを紹介した。その記事で紹介したことが現実になろうとしている。

グーグルのChrome OSは、今となっては古くなってしまったパソコンOSを作りなおすものになる。マイクロソフトはWindowsというアーキテクチャで成長してきたのはご存じだろう。しかし、インターネットの時代に、Windowsという重厚なオペレーティングシステム(OS)は不要になってきた。しかも開発されるアプリケーションはどんどんWebサービス化されている現状があり、Webアプリケーションがあれば業務向けを含めて事足りてしまう。

つまり、WebブラウザのOS化が進行している現在、パソコンというハードウエアとWebブラウザの中間に位置するWindowsなどパソコンOSは最低限の機能さえあれば十分になってきたのだ。

マイクロソフトの主力製品はWindowsであり、その上で動くオフィススイートである。Windowsがユーザーに意識されない存在になるのは怖いことだ。グーグルは逆に、パソコンOSはあくまでも陰の存在であることを認識したうえで、Webアプリケーションを動かすために最適なプラットフォームを提供しようとしている。グーグルからのメッセージは強烈である。OSの名称にWebブラウザのブランド名であるChromeを採用したのも、Webブラウザこそが次世代のOSであることをアピールするためだろう。


■本格的なクラウドの時代へ


Chrome OSにより、本格的なクラウドコンピューティング時代がくるだろう。アプリケーションやデータはすべてクラウドで提供される。ユーザーはWebブラウザ(おそらくChrome)を通じて、アプリケーションを利用し、データにアクセスする。パソコンは今でいうシンクライアント化するイメージだ。セキュリティ的にも好ましい状態になる可能性だってある。しかも、パソコンのハードディスク容量なんて気にしない、アプリケーションの更新だって各自で実施する必要はない。もしかすると、かなり便利になるのかもしれない。

Chrome OSによって、コンピュータの利用方法は大きく変わるだろう。ネットワークのインフラやテクノロジーの進化のベクトルにも影響を与える可能性だってある。単にWindowsに対抗するOSが出てきたという話ではすまないかもしれない。ITの利用方法が変わることで、IT産業の構造が変わってしまうかもしれない。

などと、さまざまな未来を予想してしまうが、正直なところインパクトが大きすぎて、なかなか整理できない。グーグルが次の政権を取ることだけが確定しているだけで、それをベースにした進化の方向はまだ見えてこない。せいぜい、先ほど書いたように、クラウドコンピューティングが本格普及するくらいのものである。

Chrome OSがパソコンメーカーやユーザーに受け入れられるかどうかは、現時点で未知数。今後どうなるか分からないが、分かる範囲で政権交代後の姿を考えてみたいと思う。長くなるので、これは次回以降で紹介する。

ということで、今回はここまで。
続きは「GoogleのChrome OSはWindowsを殺すのか(2)」でどうぞ。

◎参考記事


posted by やすお at 01:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | IT業界動向 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2009年07月08日

ゆるーくTwitterの話でもしてみます(第2回)

不定期コラムにするつもりの第2回。前回の「ゆるーくTwitterの話でもしてみましょうか(たぶん第1章にあたる記事になる予定)」では、自分がTwitterをどう感じているのか紹介した。

第2回は踏み込んだことを書こうと思ったが、今回もTwitterについてざっくばらんに書いてみる。自分で言うのもなんだが、ゆるーく続けるのが趣旨なので、みなさんもゆるーくお付き合いいただきたい。


■メジャーに昇格するTwitter

自分だけかもしれないが、新しく出てきたWebサービスというと、Geekな人たちが飛びついて「面白い面白い」と騒ぎ、さも重要そうな気配を漂わせながら、実は一般の人にはまったく知られないまま放置されていくというイメージを持っている。インターネット利用者のごくごく・・・(中略)・・・ごく一部の人たちの間だけで盛り上がり、その人たちが属するグループ(クラスタとも呼ぶ)だけの閉じた世界向けのサービスになりがちである。

もちろんすべてのWebサービスが該当するわけではないし、一般の人に知られる存在となったWebサービスもある。たとえば、SNSのmixiもサービス開始直後はアーリーアダプタ層だけが使っていたものであったが、現在は一般の人が知るサービスとなった。GREEやモバゲーTOWNもそのようなサービスである。

ここでは、ソーシャルメディアの話を中心にしてしまうが、mixiやモバゲーの成功の裏に多くの屍があるということ。ライブドアもSNSをやっていたがサービスを中止しているし、ヤフー(米国を含む)にしてもSNSの分野では存在感を示すことができない。ごくごく・・・(中略)・・・ごく一部の人たち向けのサービスがメジャー化するのは残念ながら少数だ。


■日常をWebサービス化したTwitter


そして、Twitter。このサービスもメジャーになる力を持つようになった。すでに、各種メディアでも取り上げられるようになり、着実にメジャーへの階段を上っている。

さて、このTwitterのすごいところは何かなと考えてみた。ユーザーのつぶやきのパワーは感覚として分からないこともないが、うまく言葉にできない。あえて、言葉にするのなら、Twitterには一般人の日常がつまっていることが強みなのだろう。そして、ものすごいスピードで会員に情報が伝わっていく。全世界で日常を共有しているといっていいかもしれない。

日本にいながらサンフランシスコの日常、ニューヨークの日常、イスラエルの日常、イギリスの日常、ドバイの日常などを感じることができる。日本国内に限っても、東京の日常だけでなく、大阪の日常、北海道の日常、鹿児島の日常、沖縄の日常、名古屋の日常など、どこにいても日常を感じることができる。

「雨が降ってきた」とつぶやく人が東京にも大阪にもいるのなら、全国的に雨なのかなとか、「地震だ」とつぶやいた人が北海道であれば、北海道のニュースが気になったりする。日常会話を全国レベルで、いやワールドワイドで行えるのが新しい。


■庶民派Webサービスかもしれない

Twitterに流れるつぶやきをみていると、本当にさまざまなものが流れてくる。おはようのあいさつから昼飯の内容、仕事に対する怒り、社会に対する怒り、他人に対する感謝、イベント告知、自慢、日記など挙げればきりがない。

これらをざーっと眺めていて分かったのだが、Twitterの世界にはいわゆるセレブのような人はいない。いないというと誤りだが、Twitterのつぶやきが出している空気は、いわゆる中流層の日常である。だからこそ、多くの人が共感したりするのだろう。

Twitterを最初に使い出したのは、いわゆるGeekな人たちだったと思う。これが、2008年から2009年にかけて、一般人が流入してきた。言葉は悪いが、庶民のたまり場みたいなものにTwitterはなってきたと思う。庶民による庶民のためのWebサービスへと、知らない間に成長していた。これはTwitterがメジャー化した証なのではないだろうか。

2ちゃんねるとは異なる方向で、庶民の巨大なたまり場にTwitterはなってほしいと思う。たまり場こそ、口コミを生む場所であり、活発で迅速なコミュニケーションができる場所だと思うから。

はい。今回はここまで。あまり内容はありませんが、今後もゆるーくやっていきます。よろしくお願いします。

posted by やすお at 00:54 | Comment(0) | TrackBack(0) | Twitterなどミニブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2009年07月04日

デジタルネイティブが人種差別をなくすかもしれません

マイケル・ジャクソン関連の最終話です(笑)。ようやく長い長い記事を完結させるときが来ました。今回は、自分の経験から、人種の壁を超えられるきっかけになるのではないかと思い、SNSを取り上げます。

このブログでは、SNSなどのソーシャルメディアをよく取り上げています。ですので、今回書くことはもう何度も過去に書いているかもしれません。また同じことを言っているよと思った人には申し訳ないですが、重要なことだから何度も書いているとお考えください。

ちなみに、これまで書いてきた関連記事は下記です。



■もっと世界を見てみよう

私の好きなSNSにFacebookがあります。日本にはmixiというガリバーがありますが、地球規模で見ると、mixiのサービス規模はそれほど大きくありません。やはり欧米のサービスが世界では主流であり、とりわけ、Facebookは世界一巨大なSNSになっているようです。このFacebook、何がすごいのかというと世界中の人と友達になれるんです。SNSだから友達とつながるのなんて、当たり前と思うかもしれません。しかし、mixiとは圧倒的にスケールが異なるのです。

mixiはやはり日本人の日本人による日本人のためのSNSだと思います。mixiにグルーバルな視点はありません。もちろん、mixi会員の方には海外の人もいらっしゃいますが、多くの場合は、海外にいる日本人の利用がほとんどだと思います。

Facebookは日本語を使うことはできますが、会員の人数比率を考えると、英語で書き込みをしている人の割合が大きいです。英語は地球での標準語みたいなものもあるので、世界中の人とコミュニケーションするのに英語が欠かせません。話はそれますが、Facebookでは画面のメニューなどを日本語表示にして使うことができます。書き込みも日本語を使えるので、何がなんでも英語じゃなきゃダメというわけではありません。

そして、このマルチリンガルな環境がよりFacebookをグルーバルなものにします。私は、日本人には日本語でメッセージを、海外の方には英語でメッセージを送っています。海外の方には、英語を母語としない、中国人やインドネシア人、インド人の方々がいらっしゃいます。もちろん、英語を母語とする方々とも英語でやりとりをしています。

ちなみに、私はそれほど英語を使えるわけではありません。それでも、辞書や翻訳ツールを使いながら、フレンドとのコミュニケーションを楽しんでいます。Facebookを始めたのも英語の勉強のつもりでもあったので、楽しみながら英語がちょっとずつ上達するのを感じるのは楽しいです。


■フラットな関係になるデジタルネイティブたち

Facebookでのやりとりをして感じるのは、世界はフラットになったなということ。自分という個人は、各フレンドと対等の立場にいることが分かりました。年齢や性別などは関係ありません。住んでいる国とも関係ありません。

物心がついたときからデジタルツールを使うデジタルネイティブ世代は、自分と自分の周りの人が対等だと言う感覚を元から持っているかもしれません。そういった世代は、他人との差異を理解しつつ、対等であることに何の疑問も持たないと思います。つまり、人種差別とは無関係だということです。そういう人たちだけになれば、人種差別は本当になくなると思います。

そして、デジタルネイティブの影響を、私のようなデジタルイミグラント(デジタル移民)が受けるという構図になります。実際に、Facebookで海外の若い人とコミュニケーションをしていると、時には失礼じゃないかなと思うくらい対等に扱われます。日本人との感覚のズレみたいなものかもしれません。でも、それくらい対等な関係を築けることが、差別などをなくすことにつながっていると思います。

デジタルネイティブはSNSを利用することでグローバルな視点を持ち、人類最大の敵かもしれない人種差別をあっさりと過去のものにしてしまうかもしれせん。もちろん、こう書いてはいますが、単なる夢物語となる可能性だってあるでしょう。それでも、若い人たちを信じ、理想が現実になればいいなと強く思います。

お酒を飲みながらこの記事を書いているせいかもしれませんが、ぐだぐだになってしまいました。すいません。

では、今回はここまで。

posted by やすお at 03:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | オピニオン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2009年07月03日

マイケル・ジャクソンの続き−スポーツの世界で(2)

前回「マイケル・ジャクソンの続き−スポーツの世界で(1)」の続きです。こんなに長い記事になるとは想定していなかったのですが、デリケートな問題でもあるため、いつもよりは慎重に言葉を選んで書いています。そのため、ズバッと言い切ることができずに、だらだらと長くなっているのかもしれません。

まあ、こんな言い訳じみたことを書かなければ、半分の分量で終わったかもしれませんけれど。実は、今回が最後ではなくて、まだ続きます(笑)。次回はSNSとからめた話題になる予定です。もうしばらくお付き合いください。

さて、私はモータースポーツが好きです。特にF1が大好きです。もう20年近くF1を見てきています。そして、自分の国がヨーロッパの人たちから異質なものとして見られていると感じたことがありました。世界を見ると、自分の世界が見えてきたといった感覚です。日本人を客観的にというか、世界での位置づけみたいなものを感じることがよくありました。


■モータースポーツでも人種差別があったのではないだろうか

私が感じたのは、ホンダの第2期(1983~1992年)の時です。ホンダは最強のターボエンジンで勝ちまくり、1988年にはマクラーレン・ホンダが16戦中15勝というとんでもない記録を出してしまいました。そして、ターボエンジンの禁止。日本のメーカーであるホンダがヨーロッパのスポーツであるF1で勝ち続けるのはよろしくないという力学が働いたのかどうか分からないですが、ターボエンジンは禁止になりました。私が日本人だから被害妄想を持っているだけかもしれないので、真相は分かりませんが。

もし、フェラーリやルノーのターボエンジンが強力だったら、どうなっていたでしょうか。ターボエンジンは禁止になっていたでしょうか。私はターボエンジンの時代が続いていたと思います。

少し話がずれますが、F1がターボエンジンのままだったら、現在のように、資金難で参戦するチームが減ることはなかったと思います。そして、バジェットキャップ制の議論もなかったでしょう。ターボを禁止したことで、エンジン開発のコストが上がったからです。そして、環境問題が大きくなっている現在を考えると、燃費のいいターボエンジン(レーシングエンジンはNAよりターボエンジンの方が燃費はいい)の開発が進み、その技術が市販車にも使われるようになったかもしれません。もしかすると、F1でのターボ技術によって、プリウスの代わりに小型のターボエンジンを搭載した自動車がエコカーとして街を走っていたかもしれません。

ここまでくると妄想ですので、話を元に戻します。


■アイルトン・セナもマイケル・ジャクソンと似ている

ホンダ全盛期のマクラーレン・ホンダでチャンピオンをとった伝説のF1ドライバーであるアイルトン・セナ。彼はブラジル人です。彼もヨーロッパという文化と戦わざるをえなかった1人であったと思います。

ヨーロッパ人でないことがハンデとなってはいましたが、ワールドチャンピオンをとり、世界中の耳目を集めました。しかし、レースをしている姿はどこか哀しいものに見えました。何か別の大きなものと戦っているように見えました。

アイルトン・セナも最後にはレースでの事故で命を落とします。あっけない突然の死。マイケル・ジャクソンと同じです。戦いに疲れ果てた結果に見えなくもありません。

そして、2007年のF1を思い出してみましょう。アイルトン・セナが所属していたマクラーレンに、ルイス・ハミルトンという若者が加入しました。ドライバーとしての素質は飛びぬけています。しかし、彼には大きなハンデがありました。ハミルトンはイギリス人ですが、黒人なのです。

デビューイヤーにワールドチャンピオンを獲得するのではないかという勢いの活躍でしたが、結局2位に終わりました。そして、世界の人々はハミルトンを嫌っているかのような言動がブログなどで見かけられるようになりました。出る杭は打たれると言います。だったらまだいいのですが、もしかするとそうではない感情によって、ハミルトン叩きのようなものになったのかもしれません。

ハミルトンは、2008年のワールドチャンピオンになりました。その結果、尊敬される存在になるのかと思いきや、世の中の空気は「ハミルトンを王者として認めたくない」「2009年はハミルトン以外の人がチャンピオンになってほしい」といった、聞こえない空気があるように感じます。

モータースポーツを愛する人間の一人として、そして日本人という白人以外の人種である人間の一人として、平等にレースが開催され、平等に評価されることを願います。

と、ここまで長く書いてきて、見えないけれどしっかりとした壁がそこにあるわけです。どうにかしなければならないのですが、どうすればいいのでしょうか。どうしようもないのでしょうか。

もしかしたら、時間が解決する問題なのかもしれませんが、その時間を短縮させることができるかもしれない可能性がSNSにあるのではないかと思うようになりました。次回はそのあたりを書きたいと思います。

では、今回はここまで。

posted by やすお at 02:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | オピニオン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2009年07月01日

マイケル・ジャクソンの続き−スポーツの世界で(1)

前回の記事「マイケル・ジャクソンと人種差別」で、マイケル・ジャクソン個人が向かい合っていたと思われる人種差別について、個人的に思っていたことを書いてみました。今回は、この続きです。前回、書ききれなかったことを紹介します。


■あなたの知らないスポーツの世界での人種差別

オリンピックはスポーツの祭典です。2016年の夏に東京でオリンピックを開催するために招致合戦が始まっています。東京都内ではオリンピック関連の垂れ幕などがかなり目につくようになりました。さて、オリンピックの人気種目に競泳があります。北島康介選手などの活躍が期待されますが、今回のブログは日本人選手にスポットをあてません。

競泳の選手と陸上の選手を思い浮かべてください。選手の特徴がまったく異なることに気が付きます。陸上選手は黒人がほとんどです。黒人選手の持つバネが有利に働くのでしょう。一方、競泳で黒人選手をみかけることはあまりありません。水泳も筋力やバネが記録に有利に働きます。競泳でも陸上競技と同じくらい黒人選手が活躍していてもおかしくないはずです。

なぜ、このようなことが起きるのでしょうか。答えは、黒人はプールに入れなかった時代があったからです。黒人という理由で白人と同じプールには入れなかったのです。そのため、競泳において黒人選手が出てくることはありませんでした。もちろん、今ではこのような差別はないと思います。でも、長い歴史はなかなか習慣や考え方を変えさせません。南アフリカのアパルトヘイト政策が廃止されてからずいぶん経ちますが、人の意識はなかなか変わらないのが現実なのでしょう。

改めて断わっておきますが、私は人種差別を肯定する気持ちはまったくありません。人の意識に植え付けられた偏見が問題だと思っています。

また長くなってきました。モータースポーツの世界での話をしたかったのですが、書いているうちにとてつもなく長くなってきました。この続きは別の記事で紹介しようと思います。話の導入部分だけの中途半端にしておくのはいやですが、読みづらくなるので、ここでお許しください。

しかも、ソーシャルメディアなどいつものテーマと関係ないことをつらつらと書いてしまって申し訳ないです。次回こそ、いつものテーマに関連させて書こうと思います。

では、今回はここまで。

posted by やすお at 01:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | オピニオン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする



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