2009年06月27日

マイケル・ジャクソンと人種差別

2009年6月26日、音楽シーンにおいて忘れることができないことが起こってしまった。あのマイケル・ジャクソン氏が亡くなったのだ。突然死。スーパースターでありながら、このあっけない死に世界中が驚いた。

マイケル・ジャクソンといえば、アルバム「Thriller」である。報道でPVが何回も流れているのでご存知の方も多いだろう。今となっては大きなインパクトはないPVであるが、もう25年前のPVだと知ったらどう思うだろうか。当時、MTVでThrillerのPVを見た時は、新しすぎて驚いた記憶がある。まあ、マイケル・ジャクソンがもっとも輝いていたときである。

さて、マイケル・ジャクソンの音楽については調べれば分かるので、事実を元にしたものはここでは書かない。自分が思う(感じていた)マイケル・ジャクソンについて書いてみたいと思う。

■あのマイケル・ジャクソンでさえコンプレックスがあったのでは

絶頂期のマイケル・ジャクソンを知らない人には、彼が整形手術を繰り返すなど奇人としてイメージされているのではないだろうか。報道でも、最近の彼の姿と、ThrillerのPVに出ている彼とはまったく別人に見えるだろう。特に肌の色がまったく違う。




埋め込みができないようなので、YouTubeへのリンクも紹介する。
Michael Jackson - Beat It

ここからは完全な自分の意見であり、人種差別を肯定するものでもない。単純に自分が思ったことを書く。

おそらく、マイケルは黒人である自分が嫌だったのだろう。逆に考えると、マイケル・ジャクソンという世界一成功したポップスターでさえ、黒人に対する偏見に耐えられなかったのではないだろうか。もちろん、マイケル・ジャクソンは黒人だけではなく白人にも愛されたスターである。たとえ、当時の世の中で黒人に対する差別があったとしても、マイケル・ジャクソンなら白人社会に受け入れられていたのではないだろうか。

周りが考えることと、当人が思うものは食い違いが生じることはよくあること。「黒人差別があるのなら白人になってしまえ」と思うのは無理のないことだったのかもしれない。そして、自身の白人化をここまでやらないで、自然な姿のままで活動を続けていたら、このような最後にならずにすんだかもしれない。実は、これがもっとも残念なことだ。マイケル・ジャクソンには、Thrillerのころのような、いや、ジャクソン5のころのような彼でい続けてほしかった。そしてエキサイティングなエンターテインメントを我々に見せて続けてほしかった。

偉大なスターの輝きは失われることはない。くやしいのは、星の光が届かない影の部分で苦しんでいたかもしれないスターがいたかもしれないことだ。星といっても小さな星ではない。とてつもない巨星である。巨星であっても光があるところに影があったのだろう。


■程度の差はあるが人種差別はなくなってない

実は、この記事はもっと別のことを言いたかった。長くなってきたので、今回はマイケル・ジャクソンのことしか触れなかったが、このような不幸は彼以外にもあるということ。そして、今でもその不幸はおこっていること。

はっきり言うと、人種差別はなくなっていない。悲しいけどそれが事実。そして、誰もが人種差別はいけないと思っている。でも、それは建前であって本音では人種差別を肯定する人がいる。いや、"人がいる"というレベルではなく、誰の心の中にも程度の差はあっても人種差別をしている可能性がある。詳細は別の機会で書こうと思う。あまりにも長くなってしまうから。もしかすると悲しくなるので書かないかもしれない。

そして、今は、マイケル・ジャクソンの冥福を祈るしかない。これまで僕たちを楽しませてくれてありがとう。安らかにお眠りください。

posted by やすお at 02:40 | Comment(8) | TrackBack(0) | オピニオン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2009年06月26日

Facebookのフレンドリクエストで承認前に疑似コネクトできるようになった

今日は、昨日のTwitterの記事「ゆるーくTwitterの話でもしてみましょうか(たぶん第1章にあたる記事になる予定)」の続きを書くのかと思いきや、まったく別の話題に振ってしまう。こんなところが、デジタルネイティブ的だなと思いながら、今日もゆるーくブログを更新する。

私が今もっとも注目しているSNSはFacebookだ。クローズドなところとオープンなところが微妙に組み合わさっていて、とても面白い。日本代表のSNSであるmixiも、アプリケーションを使えるようになるなど、Facebookをお手本に開発が進んでいるように思える。

さて、このFacebookですが、なんの前触れもなしにフレンドリクエスト(mixiでいうところのマイミクシィ申請)が届くことがある。知らない人からくるのは日常茶飯事で、何のメッセージも添えないことも少なくない。前回の記事でも触れたが、Twitterと異なり、一般的なSNSであるFacebookでは、コミュニケーションをするのに、お互いがフレンドとして承認しなければならない。困るのは、何もメッセージを添えないで、さらにプロフィール情報をほとんど公開していない人からのフレンドリクエストだ。フレンド承認すれば、プロフィール情報を見られるのだろうが、よく知らない人の申請はむやみに承認したくないと思うのも自然である。

このようなユーザーの不満を解決するためなのかどうか分からないが、承認する前にフレンド申請をした人のFacebookでの活動を自分のNewsFeedに流すことができるようになった。これで十分なプロフィール情報がなくても、申請してきた人がどのような活動をしているのか分かるので、フレンドとして承認するかどうか判断するのに役立つだろう。さらに、スパムアカウントであれば、それも判断できるようになる。


Facebook_Confirm_Requests.png


フレンドリクエストを出した人を自分で設定したリストに登録することもできるので、適当に「who?」のような名前のリストを作成して、まとめて活動を監視するという使い方もできる。より慎重にフレンドを選べるようになったのは歓迎できることだ。

このような、フレンドになるまでのプロセスにワンクッション置いたことで、より安全にFacebookを楽しめるようになる。このような機能は他のSNSも採用した方がいい。

さらに言うと、これの逆バージョンも欲しい。注目したいユーザーだけど、まだよく分からない人なのでフレンドリクエストを出すには躊躇してしまう。しばらくFacebookでの書き込みを見てから判断したいといった場合だ。ユーザーのブックマーク機能みたいなものでもいいのだが、そのユーザーが後悔している情報であれば、自分のNewsFeedに情報が流れてくると、ウオッチしやすいので便利だと思う。Twitterのフォロー機能に似た機能だと思ってもらってもいい。

人と人がつながるにはそれなりのパワーが必要だ。お互いに。そのハードルを乗り越えるのにちょっとした手助けができるような仕組みがあるといい。人の力を活用するソーシャルメディアの時代において、人と人が知り合える機会を増やし、かつ安全にコネクトするのを推進するのはいいことだと思う。

posted by やすお at 01:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | Facebook | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2009年06月25日

ゆるーくTwitterの話でもしてみましょうか(たぶん第1章にあたる記事になる予定)

インターネットのサービスに敏感な人たちの間で人気はあるけれども、一般的にはまだまだマイナーなサービスはたくさんある。自分のつぶやきを公開する「Twitter」もそんなサービスの1つ。米国生まれのサービスで、世界中にユーザーはいるし、日本人のユーザーも少なくない。140文字以内のつぶやきを書き込んで、情報をシェアするサービスである。情報を発信するサービスではあるので、国内ではブログの簡易版ということで「ミニブログ」と説明されることが多い。海外では、マイクロブログ(microblog)と表記することが多い。

さて、ここまで読んで、どんなサービスなのかイメージできた人はいるだろうか。また、TwitterのWebサイトを見て、何が楽しいのか理解できた人はいるだろうか。Twitterでできることはものすごく限られている。基本的な機能は次の3つだけだ。

  1. 140文字以内でつぶやきを投稿
  2. 気になる人のつぶやきをフォローする機能
  3. 個人宛にメッセージを送るダイレクトメッセージ機能

細かい機能を挙げるともう少しあるが、基本的にはつぶやきを投稿し、誰かに読んでもらうサービスでしかない。ただし、それだけならたくさんのユーザーをかかえるサービスにはならない。継続的に使われているのには人を魅了するそれなりの理由があるはずだ。

ところが、Twitterのヘビーユーザーであっても、「Twitterとはどんなサービスですか?」と聞かれると困った顔をする。Twitter内でできることは理解している。でも、なぜ使っているのか本人にも分からない。そんな不思議な実態がTwitterにはある。

私もTwitterをよく使う方だと思う。私は「Twitterとはどんなサービスですか?」と聞かれたら、「タバコ部屋みたいなサービスですよ」と答えることにしている。まあ、私はタバコを吸わないので、タバコ部屋の実態は詳しく分からないが、喫煙者の話を聞いていると、Twitterと同じかもと思うことがよくあった。タバコ部屋は息抜きの場所であるが、たまたま居合わせた人が会話をし、ビジネス上の重要な情報交換をする。そんな場所だと勝手に思っている。

Twitterも似たようなところがあって、ちょっとした息抜きのつもりで「やっと仕事が終わった。これから昼飯」といったことをつぶやく人もいれば、自分のブログのURLを投稿することで、議論を始めるきっかけになったりもする。

「これから昼飯」とつぶやいた人に対しては、「俺もこれからメシ」とか「何を食べるの?」と質問したりすることがある。「ラーメンにしようと思っている」なんて答えが返ってきたら、「じゃあ、俺もラーメンにしよう」といった会話になることも珍しくない。

自分のブログのURLを投稿した人に対しては、「他にもこんな情報があったよ」と別のURLを提示したり、「私も同じことを考えていました」とブログに対するコメントを本人あてのメッセージで返したり、さまざまなコミュニケーションができる。

Twitterはコミュニケーションツールの一種であるのだ。ただ、メールといった特定の人同士のクローズなコミュニケーションではなく、基本的にはオープンなコミュニケーションである。各自のつぶやきは特別な設定をしなければ、全世界に公開されているわけだから。

ここまで書いてもサービスの魅力を分からない人は多いだろう。それくらい、これまでのコミュニケーションという概念を再構築しなければならないサービスなのだ。

TwitterをmixiのようなSNSと同列に扱う人もいる。これは半分正しくて半分誤りがある。ユーザーが主役となってコンテンツを供給する点ではmixiといったSNSと変わりはない。異なるのは、ユーザー同士のつながり方だ。mixiのようなSNSでは、会員同士が同意しないとコミュニケーションができない。Twitterの場合は、相手がブロックしなければ相手のつぶやきを勝手にフォローできる。この一方通行の関係を許しているのが新しい。これだけなのだが、これが新しいコミュニケーションを実現させたのである。

結局わかりにくくなってしまったが、ゆるい情報交換の場であることが分かればいいかなと思う。また、フォロー数が多い人と少ない人では、サービスの内容が変わるように感じてしまうのもTwitterの特徴である。

このあたり、機会があれば触れてみたいと思う。これ以上書くと余計に混乱させてしまうかもしれないので、今回はここまでにしておこう。

最後に、Twitterを知りたければTwitterを使ってみる。もちろん、他人をフォローするだけではなく、自分でつぶやいてみることが大切だ。つぶやいているうちに、Twitterがコミュニケーションツールであることが分かるだろう。メールやメッセンジャーの機能、さらに、ゆっくりとしたコミュニケーション手段といえなくもないブログも統合したサービスに見えてくると思う。

posted by やすお at 02:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | Twitterなどミニブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2009年06月23日

久しぶりの更新−中身は業務連絡みたいなもんです

1週間ぶりにブログを更新します。この間、いろいろありまして、大きなこともあれば小さいこともありました。大きなことはあまり触れたくないので書きません。代わりに小さいことを書きます。といっても、私が風邪をひいていてブログどころかパソコンを触る気力がなかったくらいのものですけれどね。新iPhoneが発表されるなど、いろんなニュースがありましたが、体力的に厳しかったので、私からは何も情報を発信できませんでした。

さて、このブログといったインターネット上のサービスでプレゼンスを示すためには、何か情報を発信し続けなければなりません。以前にも風邪をひいたときに書いた「実生活とインターネットはつながるのか」で触れましたが、インターネット上では何かアクションを起こさなければ存在しないのと同じになってしまいます。

今回も不幸中の幸いで、風邪をひいただけですみました。なので、1週間くらいのお休みで事なきをえました。これがもっと大きな怪我だったり、病気だったりしたらどうしようもありません。みなさんに挨拶をすることなしに、このブログは未完ということになっていたことでしょう。

こうしてブログを更新できる自分がいること、みなさんに生きていることを連絡できることに感謝したいと思います。

余談ですが、今年に入って風邪をひくなど体調を崩すことが多くなってきました。無理がきかない年齢になってしまったのかもしれません。でも、自分の好きなことは続けたいし、もっと上を目指していきたいとも思っています。

今回は、生存証明でした。内容がなくてすいません。
次回以降の記事にご期待ください。

では、今回はここまで。
タグ:日記


posted by やすお at 23:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | オピニオン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2009年06月16日

Facebookで取得したユーザー名、さてどう活用するのか

日本時間の6月13日(土)の午後1時、世界最大級のSNSであるFacebookで、自分のプロフィールページのURLを自分の好きな文字列に変更できるようになりました。私も早速、自分のファーストネーム「yasuo」で登録しました。

これの何がすごいのかといわれると、実はピンとこなかったりします。他人に自分のプロフィールページのURLを教えやすくなるといったくらいでしょうか。これまでは、登録時に発行された数字のみのIDを伝える必要がありましたが、自分の名前など分かりやすいURLを伝えることができます。

おそらくですが、Googleなどの検索エンジンでFacebookのプロフィールページがヒットする確率が高くなるのではないでしょうか。まあ、これまでも検索エンジンに対して検索可能に設定することでFacebookのプロフィールページを検索できました。今回のこれをユーザー名登録で、URLに設定した文字列でも検索できるようになると思います。これはメリットなのかどうかわかりませんが、これからのインターネットは人がどんどん中心になっていくような気がします。検索エンジンで自分がヒットしないのはデメリットとなる時代がくる可能性があります。これは、検索エンジンで自分(自社)のWebサイトがヒットしないことは、存在していないのと同じという理論と同じです。これが、ソーシャルWebの時代になると、自分が検索エンジンでヒットしないと存在していないのと同じに扱われるといったところでしょうか。

さて、今回のユーザー名の登録は早い者勝ちでした。Facebookでの有名人は6月13日の午後1時を待たずに、登録ができたようなのですが、一般人は用意ドンで登録開始です。この日にFacebookを使っていた人は、それなりの優先度で好きなユーザー名を設定できたようです。

多くのユーザーが任意な文字列を選択できるようにするために一番公平だったのが早い者勝ちだったのでしょう。さて、問題は少し将来に発生するかもしれません。たとえば、私のユーザー名「yasuo」は日本人の男性名としてはごく普通の名前です。おそらく数万人はいるでしょう。私以外の「yasuo」さんはもうFacebookでそのユーザー名を取得できません。これから生まれて命名されるであろうyasuoさんは、今回の競争の参加資格さえなかったわけです。

これからyasuoと名乗る有名人が出てこないとも限りません。グルーバルな社会になっている現在では、日本だけでなく米国やフランスにもyasuoと命名される人がいるでしょう。その人が世界的な有名人になってしまったら...。私は、有名人のプロフィールを乗っ取った悪い奴に仕立て上げられてしまうのでしょうか。想像するとちょっと怖いです。

また、そんな近くではないと信じたいですが、私が死んでしまった場合、yasuoというユーザー名は未来永劫使われなくなるのでしょうか。死ぬ前に私がFacebookから退会すれば使えるようになるのかもしれませんが、Facebookのような無料サービスの場合、自分で退会処理をするのはまれです。ということは、死んでも私のプロフィールページはインターネット上に存在することになります。

死んでなお残る自分のデジタルデータ。私が心配することではありませんが、私がこの世からいなくなっても、「yasuo」を使えないというのは、他のyasuoさんに申し訳ないと思います。まあ、私が死ぬよりもFacebookが現在のサービスとまったく変わってしまう方が早いだろうから、今の懸念は解消されている可能性は高いのだけれども。

ということで、余計な心配をしながらも、これまで通りFacebookを楽しんでいこうと思います。もし、このブログを読んでソーシャルメディアについてもっと知りたいなと思った人は、ぜひFacebookを使ってみてください。日本を代表するSNSのmixiよりも近未来のソーシャルメディアの姿を見せてくれます。知り合いがいなくても平気です。よかったら私にコンタクトしていただければと思います。

◎やすお(yasuo)のプロフィールページ(Facebook)
http://www.facebook.com/yasuo
タグ:Facebook


posted by やすお at 01:40 | Comment(0) | TrackBack(0) | Facebook | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2009年06月11日

ソーシャル読書のすすめ

ずいぶん前に「デジタルネイティブが世界を変える」という本をお借りして、ようやく読み終わりました(かなり遅いです)。本の感想を書こうかなと思ったのですが、今回は少し違った角度で読書について思ったことを書くことにしました。

お借りした本なのですが、手元に届いたときにはたくさんの付箋が貼られていました。実はこれが非常に大きな意味を持つと気付いたのは、読み始めてすぐのことでした。本につける付箋は、読んだ人が重要だと思ったところに貼られています。つまり、読んでいて付箋のあるページまで来たとき、「貸していただいた人はここを重要だと思ったのか」と気付くことができます。

付箋のページの内容に注意を払うことで、その部分を意識して読んだり、どうして重要だと考えたのだろうかと、そのページに書かれている内容を深く理解しようとします。このように読み進めていると、なんだか、付箋を貼った人と一緒に読書をしているような感覚になりました。この感覚は、誰かのソーシャルブックマークをたよりにネットサーフィンするのと似ています。なので、付箋を付けた本を回し読みすることを「ソーシャル読書」と呼ぶことにします。私が勝手につけた名称ですので、もしかすると似たような概念はすでにあるのかもしれません。とにかく複数人で同じ本を読むことは、一人で本を読むよりもより内容を理解できたり、議論を誘発する上で役に立つのではないかと思います。

■書籍じゃなくてもいいじゃんというものではないのです

ソーシャル読書でなくても、Webコンテンツであれば、はてなブックマークやdeliciousといった各種ソーシャルブックマークサービスでソーシャル読書と同じようなことができそうに思えます。ブックマークされた数や付けられたコメントを参考に、議論したり、理解を深めたり、同じことができそうです。

しかし、決定的に違うのは、書籍に記載されている情報量です。書籍は特定のテーマについて、著者が深く調査し、伝えたいことを吟味して、読みやすいように編集し、伝えたいことのエッセンスだけを取り出したものです。それでも200ページくらいの文章量になってしまうくらい多くの情報を伝えようとしています。特定テーマの情報パッケージと考えていいでしょう。一方、Webコンテンツは、ブックマークできる単位である"ページ"に記載される情報量は書籍と比べるとどうしても少なくなってしまいます。

書籍に貼られた付箋は、書籍のテーマをより理解するための助けとなります。付箋が独立して存在するのではなく、1冊の本の中に複数の付箋が貼られていることで、膨大な情報を提供する書籍(テーマ)の中から重要な部分に注意を向けることができます。これは書籍というコンテンツをサマライズすることになります。

一方、Webサービスのソーシャルブックマークは、Webコンテンツの中から重要であったり面白いコンテンツと思ったものにスポットを当てることになります。ブックマークごとの関連はあまりありません。複数のブックマークに同じタグをつけることで、ブックマークをグルーピングすることはできますが、コンテンツの抽出元がインターネット全体である以上、同じタグが設定されているからといって、ブックマーカーが同じ視点でWebページを読んでいたという保証はありません。つまり、ソーシャルブックマーキングは元々バラバラだったコンテンツを再構築する作業になります。

とにかく不思議な感じになったソーシャル読書です。新しい本の読み方として定着すると面白いかもしれません。付箋にメモを書いて他の人に回していけば、借りて本を読んだ人も付箋にメモを残すかもしれません。そして、本を借りて読んで人が増えると、たくさんのメモ付きの付箋が貼られます。貸した人のところに本が戻ったら、貸した人はたくさんの付箋を元に新しい情報を手に入れることができるかもしれません。本を読んだ人を集めて議論がしたくなるかもしれません。新しいアイデアがわき上がってくるかもしれません。

なんだか、今の時代に合っている読書方法なのではないかと思えるようになってきました。


タグ:読書 付箋


posted by やすお at 02:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | ソーシャルメディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2009年06月10日

生涯賃金と3500年とF-22と戦争反対

タイトルだけでは何のことやらさっぱり分からないと思います。今回は4つのキーワードをつなげて1つの記事にしてみましょう。

F22 Raptorまず「F-22」です。これは、米ロッキード・マーチン社のステルス戦闘機です。日本はこの戦闘機を欲しがっています。今の日本の主力戦闘機であるF-4が老朽化しているために新しいものが必要となっています。その最有力候補として日本はF-22を検討しているわけです。ところが、このF-22は輸出が禁止されているため、今のままでは日本の主力戦闘機として使えません。

まあ、GMが破たんするほどの経済危機の中、お金儲けの口があるのなら日本への輸出を許可してやろうという空気が出てきたのかもしれません。ロイターが伝えるところでは、2億5000万ドル(約247億円)で輸出型のF-22を作れるということです。このお金を日本が用意できれば、日本は最先端のステルス戦闘機を入手できるわけです。朝鮮人民共和国(北朝鮮)での核実験やミサイル危機など、日本のまわりできな臭い空気が流れています。有事に備えてステルス戦闘機を配備するのもいたしかたないのかもしれません。

さて、あっさりと「約247億円」という数字を出してしまいましたが、これはどれくらいのお金でしょうか。私は資産家ではないので、1億円以上のお金は宝くじの世界、つまり夢のような金額になってしまいます。もう少し分かりやすいようにしてみましょう。

ここで、2つ目のキーワード「生涯賃金」を出します。サラリーマンの生涯賃金を調べていたら、年収ラボというWebサイトを見つけました。このサイトによると、大学・大学院卒の男性で、2億7590万円の生涯賃金になるそうです。さすがに40年くらい働くと1億円をあっさりと超えるんですね。おしいのは3億円に達しないこと。3億円事件という迷宮入りの有名な事件がありましたが、その犯人は1度に生涯賃金分のお金を強奪することに成功したということです。

話がそれてしまいました。生涯賃金は計算がしやすいように、2.8憶円としておきましょう。そして、一人の人間が働く期間をざっくりと40年とします。すると、生涯の平均年収は、2.8億円÷40年=700万円(0.07億円)になります。億という単位で年収を記述すると、なんだか悲しくなりますね。

さて、ここからクライマックスに突入です。F-22輸出型の値段は約247億円です。これを生涯平均年収で割り算すると、一人の人間がどれくらいの期間働けばF-22を買えるのか計算できます。それが、3つ目のキーワード「3500年」です。働いて得た賃金をすべてF-22購入のためにささげたとしても3500年かかるわけです。3500年の間、飲み食いをせず、住居費も払わず、もちろん一人の人間が3500年も働き続けることはできないので、自分のF-22購入の夢は、孫の孫の孫の・・・まで引き継いでいかなければなりません。一人が働く年数を40年とすると、3500年では約90代先の人まで自分の夢を引き継いでいかなければなりません。もちろん3500年後にはF-22は存在しないわけで、運よく後継の後継の後継の・・・後継機種があったとしても247億円で買えるかどうか保証できません。

おっと、3500年という非現実的な時間が登場したので、また混乱してきました。今から3500年前というと、紀元前1500年くらい。イエスもまだ生まれていません。モーゼがイスラエル人を率いてエジプトを脱出(出エジプト)したのが紀元前1440年代という説があります。また、ヒッタイト人が鉄の精錬法を発明したのが紀元前1500年ころという説があります。そんな神話の世界になってしまいます。3500年という時間はそれくらい長いものなのです。

F-22の約247億円というのは1機の価格です。実際に配備するときは1機ですみません。どれくらい配備されるか分かりませんが、10機だとすると、大口割引がきくのかもしれませんが、まあ2400億円くらいかかってしまうわけです。一人の人間が3万5000年くらい働けば稼げるお金です。ちなみに3万5000年前は後期旧石器時代になります。お金という概念さえなかったと思われる時代の話になってしまいます。

だんだん混乱してきたと思いますが、戦闘機というのはそれくらい高い買い物なのです。用途は人を殺したり、何かを破壊したりすることです。そんな用途に使うのなら、例えば、環境技術の開発に使った方がいいのではないかと思います。3500年後の地球は人類が住める環境ではなくなっているかもしれません。戦闘機を使う戦争をなくすことで、人が人を殺す行為がなくなり、3500年後の地球を守ることにつながるかもしれないのです。これが最後のキーワード「戦争反対」です。




余談の余談:
こんなことを書いていますが、実は戦闘機の造形に魅力を感じてしまう自分がいます。飛行機は格好いいのです。特に戦闘機はエッジがきいていて格好いいのです。そう思う自分と、その戦闘機が実戦で使われるときの悲しさが同時にやってくるつらさもあります。単なる偽善者なのかもしれません。

posted by やすお at 01:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | オピニオン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2009年06月09日

ソーシャルメディアはサービスの境界があいまいになる

ITmediaの記事『Twitterユーザーの半数以上は「74日に1回」投稿』が少し話題になっている。ロイターの記事を翻訳したものであり、副題には「Twitterのメッセージのうち90%以上を10%のユーザーが投稿しているという。(ロイター)」とある。

ソーシャルメディアという新しいメディアが誕生し、誰でも情報を発信できる環境が整ったといわれている。このロイターの記事を読むかぎりは、ソーシャルメディアの時代においても、現実には従来のメディアと同じく、少数の発信者と大多数の受信者がいるだけのように思える。

はたしてそうだろうか。何か見落としはないだろうか。

さて、私にはこの記事は大きなニュースとは感じない。「ああ、そうだよね」という感想しかもたない。これはソーシャルメディアが従来のメディアと同じ少数の発信者のものであることに同意するわけではない。ロイターの記事はTwitterだけを取り上げている。これが見落としである。そりゃ、サービス単体だけ見ればロイターの記事の通りだろう。

ソーシャルメディアの時代において、1つのサービスで物事をとらえると全体を見失う。

日本のSNSはまだ対応していないが、SNS大手のFacebookでは、ステータス情報をTwitterに流すことができる。逆にTwitterのつぶやきをFacebookのステータス情報として流すこともできる。1つのつぶやきがサービスの垣根を越えて、多くの人が情報に触れることができる。これこそがソーシャルメディアの醍醐味であり、従来のメディアでは不可能だったことである。

例えると、学校で話題になったことが、塾やクラブでも話題になるようなものだろうか。同じ情報が異なるグループで共有される口コミと思えばいいかもしれない。

サービス間の連携に目を向ければ、どのソーシャルメディアに露出すれば効果的な口コミができるかも見えてくるかもしれない。ソーシャルメディアでは人と人のつながりに目を向けがちであるが、コンテンツの結びつきや複数のソーシャルメディアでのつながりに着目することで新しいビジネスが見えてくる可能性がある。

とにかく、1つのサービスに固執しないことがソーシャルメディアを理解する早道であり、ソーシャルメディアが無限の応用ができるポテンシャルを持っていることの証であるように思える。

今回は理解しにくいことをつらつらと書いてしまいました。インターネットで新しいことを始めようとすると、どうしてもソーシャルメディアを避けて通れなくなりました。そんなわけで、少し深く考えてみたわけです。まだ完全に見えたわけではないですが、従来のメディアの考え方を140度(180度ではないところが微妙)くらい変えないといけないような気がします。

まあ、これもデジタルネイティブには「何をいまさら」と笑われるだけなのかもしれませんが...。

とりあえず、今回はここまで。

posted by やすお at 02:05 | Comment(0) | TrackBack(1) | ソーシャルメディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2009年06月04日

Googleによるコミュニケーションの再発明「Google Wave」

もっと盛り上がると思っていた「Google Wave」であるが、ニュース記事が流れたらそこでとりあえずひと段落しているようだ。まだ一般に公開されたサービスではないので、解説するのが難しいのだと思う。私も実物を見たわけではないのでよく分からないのだが、いくつかのニュース記事やブログを読んでいると、新しいコミュニケーション手段を提供するのがGoogle Waveなのかなと思ってきた。

メールでのコミュニケーションの欠点を解消し、インスタントメッセージのようにリアルタイム性を持たせながら、Wikiのようなコラボレーション環境を提供するといった感じだ。無理やり一言で書いてしまったが、文章だけでは分からないと思う。

もっと簡単に言ってしまえば、Google Waveは「デジタルネイティブ世代のコミュニケーション&コラボレーション環境」なのだろう。人と人のつながりの中で、コミュニケーションが生まれ、コラボレーションしながらプロジェクトを遂行していく。このコミュニケーション&コラボレーションの仕組みは、仕事の進め方だけではなく、個人と企業の間にも適用される。

仕事で利害関係者と調整をしながらプロジェクトを完成に導くコミュニケーション&コラボレーションだけでなく、企業が新製品を世の中に公開し、そのフィードバックを個人からもらう。フィードバックが企業と個人の間のコミュニケーションでとすると、企業がフィードバックを反映させた新製品は、個人(消費者)とのコラボレーションの結果と言える。これからは、ライフスタイル全体でコミュニケーション&コラボレーションをいかに効率よくするかが課題となる。

■ストリームベースのコミュニケーションがリアルタイムになったイメージか

仕事をする上で、または日常生活をおくる上で、私たちはたくさんの情報を処理している。SNSなどのソーシャルサービスにより、人とのつながりも増えている。人と人がコミュニケーションすることで情報は発生する。人とのつながりが増えれば、それだけ個人が処理しなければならない情報量が増えるわけだ。

これを解消するために、案件ごとに時系列で情報が流れると把握しやすくなる。ここでいう案件とは、メールの件名単位のやり取りと思っていい。誰かがメールを出し、その返信が「RE:」というサブジェクトが付いて議論が発生する。その議論の単位と思っていい。

Google Waveではその案件単位で情報を管理する。新しい情報がどんどん流れてくるストリームで管理すると言ってもいいだろう。ストリームの良さは、議論のログが残ること。メールベースの議論では、議論に参加する人を増やすのは困難だが、ストリームベースのコミュニケーションでは、ストリームを購読するかどうかなので、出入りは自由である。

唐突にストリームベースのコミュニケーションと言ってしまったが、イメージとしてはTwitterに近い。Twitterではユーザーがつぶやきを公開しているタイムラインというストリームがある。ユーザーが他人のタイムラインをフォローし、またはフォローされることで、ユーザーは気にった人の情報を自分のタイムライン(ストリーム)に表示できる。フォローし合っていると、自分のタイムラインに何か情報を書き込むだけで関係者と議論ができるようになる。もちろんタイムラインをフォローすれば、過去の経緯も見られるので、途中から議論に加わっても大丈夫だ。

Google WaveはTwitterで発生しているやり取りをもっとリアルタイムにしたような感じだ。うーん、やはり文字だけだと想像つかないなあ。とにかく、コミュニケーションで使う道具をがらりと変える可能性があるのが、Google Waveである。一般ユーザーにどれだけ受け入れられるかは未知数であるが、デジタルネイティブ世代は難なく使いこなしていしまうツールになるだろうし、なぜこれができなかったのかと不思議に思うくらいのものかもしれない。

今回は、かなりぼやけた焦点で記事を書いてしまいました。分かりにくいとは思いますが、ご了承ください。次世代メールシステムであり、次世代グループウエアであり、次世代SNSでもあるのがGoogle Waveなのだという認識でいれば大丈夫かなと思います。

では、今回はここまで。

◎参考記事


posted by やすお at 01:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | ソーシャルメディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2009年06月03日

マイクロソフトの新検索エンジン「Bing」で妄想してみる−社名変更もありえるかも

マイクロソフトが2009年6月2日に新検索エンジン「Bing」を公開した。これまでWindows Live Searchとして提供していたインターネットの検索エンジンの後継にあたる。検索エンジンのような基本ツールは、ちょっと触っただけでは評価できないが、ニュースサイトなどで公開されている記事を読むと、おおむね好意的に受け取られているようだ。

検索結果はGoogleと大差ないが、画像や動画、関連記事などを探しやすいというのがよくみられる評価だ。目立つのは、動画検索。キーワードで検索すると関連した動画のサムネイルが表示される。目立つギミックとしては、動画のサムネイル画像にマウスオーバーすると、動画の再生が始まることだ。多くのニュースサイトがこのギミックを取り上げている。個人的には、そんな重要な機能とは思えないが、しばらく使っていれば評価は変わるかもしれない。

ということで、検索エンジン自体の性能は、個人の好みもあるので、試してみてはどうかというしかない。私は別のことでマイクロソフトとBingを取り上げようと思う。

実は、驚くのは「Bing」というサービス名称そのものである。「Microsoft」や「Windows」という単語が使われていないのである。マイクロソフトのブランド戦略としていかがなものかと思うが、逆に、マイクロソフトの本気度が出ているのではないかと思うようになった。

ズバリ、マイクロソフトはWindowsブランドを捨て、Microsoftブランドも捨ててしまうのではないだろうかと妄想している。「Microsoft Bing」や「Windows Bing」にしなかったのは、過去のマイクロソフトが持っているイメージを払しょくしたいのではないだろうか。もしかすると、マイクロソフトという社名を変更する可能性もある。

マイクロソフトというソフトウエアの巨人は、インターネット事業においてパソコン用OSのような存在感を出すことに失敗した。時代がマイクロソフトよりもグーグルを求めたのだ。MicrosoftやWindowsというブランドはもはやインターネットの世界では古臭いものという印象さえある。Bingは新生マイクロソフトのベース技術となるかもしれない。それは、現在のWindowsに代わるものになるだろう。

そもそも、iPodだって"ナノ"という製品が出ているナノテクノロジーの時代に、"Micro"という単位は大きすぎる。ミクロの時代は終わり、ナノが先進的というイメージを持つ時代になった。そして、ソフトウエアという単語も古く感じるようになってきた。グーグルの時代はWebサービス、「サービス」がソフトウエアに変わるキーワードとなる。マイクロソフト自身も「ソフトウエア+サービス」というスローガンをかかげていた。皮肉なようだが、ソフトウエアの次はサービスだとマイクロソフトも認識していたことに他ならない。つまり、マイクロソフト(Microsoft)という言葉はもう古いのだ。

また、Windowsはソフトウエアを代表する製品である。ただし、先ほど書いたように、時代はソフトウエアからサービスに移行しつつある。Windowsという言葉が持つイメージも古くなってしまったのだ。

残念ながら、現在のマイクロソフトは、近未来に"レガシーシステム"と呼ばれるものを抱えている。かつてのITの巨人であったIBMはホストコンピュータというレガシーシステムを捨て、サービスプロバイダに変身した。マイクロソフトも現在持っている強みを捨てなければならない時期に来たのかもしれない。

現在持っているものを捨てるのはかなり勇気がいる決断だ。社名変更など簡単には実施できないかもしれないし、Windowsを捨てるのもかなり勇気がいる。ただし、それができれば、ITの巨人の座を奪うことができるかもしれない。帝国の逆襲である。


◎Bingの関連記事

今回はかなり妄想が入っているが、ありえない話でもないと個人的に思っている。どうなるかは神のみぞ知るだけれど。

では、今回はここまで。

posted by やすお at 01:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | IT業界動向 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2009年06月02日

ソーシャルブックマークの棚卸で新たな発見をする

土曜日は金曜日からの雨の影響で、予定していた子供の運動会が中止になってしまいました。妻と子供は友達の家に遊びに行ってしまったので、私は一人時間をもてあますことになりました。突然できた時間なので、普段やらないことをやってみようと思い、なぜか昔ブックマークしたサイトはどうなっているのだろうかと、ブックマークの棚卸をすることにしました。

最近の私は、ブラウザのブックマーク機能を使うことはほとんどありません。たいていはdelicious.comやはてなブックマークといったクラウド型のソーシャルブックマークを使っています。理由は明確で、家でも会社でも、どこにいても同じブックマークを参照できるからです。インターネットにつながっていないと使えないというマイナス面もありますが、ネットにつながっていなければ、そもそもブックマークしたWebサイトを開けないので、デメリットにはなりません。WebブラウザのFirefoxにはdeliciousをあたかもローカルのブックマークのように扱えるアドオン(delicious bookmarksなど)があるので、ブックマークがどこに保存されているのかを気にすることはなくなりました。

気軽にブックマークできるので、使い続けているとかなりの数がたまってきます。数を気にしないでためたままにしておけばいいのですが、アナログ思考が働く世代の宿命でしょうか、古いものを整理したくなりました。

結果的にスッキリするので、みなさんもやってみてはいかがでしょうか。実は、このブックマークの棚卸は古いデータを削除するだけではなく、過去に気になっていたWebサイトが現状どうなっているのかの確認にもなります。

正直なところ、「どうしてブックマークしたのだろう」と思うものもあります。なくなったWebサイトもあります。これら過去のブックマークからWebサイトにアクセスするだけで、当時は話題になった(自分が興味を持った)ものが、ファイナンスに失敗したのか、サービスのコンセプトが悪かったのか分からないけれど、メジャーになれなかったサービスをリマインドすることができます。これらのサービスについて何が悪かったのか研究するのも面白いかもしれません。

posted by やすお at 00:44 | Comment(0) | TrackBack(0) | ソーシャルメディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする



×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。